ベティム・ムチョ 「回転木馬」(Betim Muço; Karusel 1997) より

「台風の候(日本の詩)」


帝祭の短い記録
 

皇帝が載冠した
首相が三度「バンザイ」と叫んだ
二万人の警官が静寂を護った
それでも
爆弾が数発 トーキョーで破裂した。
 

空には太陽
そこには招待された皇族王族達
人々は、彼らがこの冬の終わりに何を語るかと見ていた。
ダイアナ王女はファッション界の羨望の的
チャールズ王子もジャーナリズムの憶測のただ中を
赤い夜会服にて晩餐会へ。
 

赤坂では 皇帝が人民に挨拶、
日本人より多くの外国人、
皇宮の鳩たちはくぅくぅと鳴く
さして感慨もなさそうに
店の値段もやっぱり高いまま。
 

神殿では 神官たちの神秘に満ちた言葉:
テンノーと御一家の萬年長寿を!
地下鉄乗り場は大きな口を開けて
人々を呑み込み吐いていた。
 

その夜、テレビのチャンネルは、宴のあと
話題はペルシア湾
そして最後に、天気予報
明日は天気が崩れるそうだ、
ぽつぽつと。
 
 



エヴァ
 

エヴァよ、世界最古の売笑よ、
おまえがその無花果の葉を取り去れば
百万年の時がおまえの前に続いている。
 

みんなその後に何があるか知っている
みんなおまえが誰か知っている
そしてまたしてもおまえは俺たちをだますのだ
その「誇り高い」姿によって。
 

その葉を取り払え。
我々がいつも目にするのは
人間を凝固させる小工場
(もしひとが おまえの俗情に与しなければ、
体内から放り出してしまったことだろう
残りかすか何かの様に)。
 

ものごとに名をつけよう
そのものが持つ名を
それは 隠れている未知のものを
明るみに出すのでなく、
むしろ 我々が明るみに出すものを
隠そうとすることがあるからだ
(これがあの
主が罰と名付け
皆が受けるところの欺瞞でないのなら
汝の罪の 何を我らは負うだろう?)
 

エヴァよ、世界最古の売笑よ
大地の上の
人間という種の祖先よ。
 
 


三島由紀夫二十回忌
 

私は君が好きだった
それを隠しはしない、
何度も君の顔を目にした
情熱にこわばった
人生にほんのわずかな微笑みをこめた顔を
それで思った 何と難儀なことか
君はひとを分けようとしたのだ
求められるものと求められぬものと
君の狂気じみた共生のために:
崇高な美への欲望を
軍事ヒステリーと熱狂を以て。
 

そういうものだ 人生とは:
我々が涅槃(ニルヴァーナ)を
地上に生み出し損ね
今度はそれを天に求めても
果たしてそれが実在すると言えようか?
悪いのはひとが
何も知らないでいることだ
単純なことのためのやり方を
単純なことを
そして複雑なことを考えるのをやめることを、
だが普通は反対のことを
ひとはしてきたのだ。
 

今こうして君の前にいる、
君の墓の側には兵士の一団
海を模した制服で
海の底が真似する
様な表情で、
君の前に身をかがめる。
私も小さな花をささげる
彼らの大きな花輪の傍らに
そして思うのだ 君が生きていればと
煙草を交わし合い、語り合うのだ
彼らには分からぬことがら
彼らが今は理解せぬことを
それが我ら二人を結びつけるのだ
それは永遠の掛け橋
大地以上
言葉以上のもの、
それは差し迫る目標と
日々の生。
この橋はもしかしたら
真実の涅槃。
 
 


日本海
 

どんよりと薄暗い
日本の海、
しかし桜の花は歓喜にうち震える
ひとの心の中の様に
その傍らにあるのは
暗闇の想いと、歌声と歓喜の音。
 
 


台風
 

海岸に出かけた
抑えをつけようとしたのだ
自分の想いに。
波がはかり知れない怒りを込めて起ち上がり
泡で埠頭を覆い尽くす。
 

あかあかと燃え上がる
ラジオが澄んだ空気の中でニュースを伝える、
台風十一号が接近しているのだ、
渦だ、渦が
海の底深くから。
 

船も対策を講じる
港も、海辺の人々も
いたるところで。
台風十一号
君を私は知らず、私を君は知らない
我らはかくも強くなったのだ。
 

君はまったく別ものの様に通り過ぎる
一番目と、十番目と
百番目と次々にやって来る、
我が台風ども 我が友よ
台風
それを君は本当に知っているか?
 
 


叫び
 

何をここで争う
我を忘れ
張りつめて重苦しく
苦しみながら
俺のあとを追う
激しい恐怖とともに
俺の髪を引き抜き
俺を嘲笑うような表情
千の醜い仮面には
憂鬱、
俺の衣服を引き裂く
旗の端切れに
剃刀の刃先のような
風を起こす叫びで、
俺の窓を叩き
ガラスはぶるぶるうち震える
そのガラスを生み出した砂のように、
俺の部屋に入ってくる
冷たく、青ざめて
おまえの叫びは
弁明を認めず
俺のすべてを奪い取る
書かれたものも書かれないものも
引き抜き、投げ捨て、
うち壊す
泡のように。
 

さあ、もうたくさん
たくさんだ!
言ってみろ どうしたのか?
黙っているばかり
何も言うな
俺にはよくわかるからだ 
おまえの叫びが
おまえは自分自身を感じる
およそ役に立たぬものと
おまえは入り込もうとする
おまえが出てきたところ
どこかおまえの母の体内からだ
おいぼれめ。
 

わかっている、
俺は叫びの鞭を受けるべきだ
引き破りかき裂く
肉、思い、考え、
俺がしていないからだ
なすべきだったことを
俺がなっていないからだ
なるべきだったものに。
 

そして今、どういうことか?
たのむ、やめてくれ!
俺の中で大きくなるのだ
また新たな叫びが
それの前ではおまえの叫びなど 歌だ
おまえはかすれて
息も絶え絶えになる
さらに深い 深淵の
片隅
風よ 抜け出せ
我が叫びより。
 
 


衝動
 

君たちにも一度はあっただろうか
解決を要するいとなみの途中
いくつもの思いに疲れ
目を上げて見る
空には
ちっぽけな
白い雲が かもめの翼のよう、
突然に思い至り
それに飛び乗る
冒険の船のように、
遠く旅立つ
いずこへかは知らず
何を なぜ どのようにかも知らず
他のものは
目にも入らない
日々の心労のために、
遠く旅立つ
理性もあてにはならぬところ
想像も語る術を知らぬところへ
テレビの画面の
番組終了時のようにぞわぞわするのだ
いたるところが。
君たちは旅立つ
旅立つ
旅立つ
自分自身がもし残せなければ
それをも捨て去り、
より良い自分自身と共に旅立つ。
君たちにもあっただろうか 
こんなことが
どうか語ってくれ
私ひとりでないことに慰められるように
この突き上げる幼年の衝動。
 
 


ヒロシマ
 

広島。博物館。
陳列台のガラスの下に
焼け焦げた衣服
変形した金属
炭化した木。
唇を流れる水につけて
そして放射能に蝕まれるのだ。
 

誰がこんな爆弾を生み出したか?
戦争だ、間違いなく。
では戦争は誰が生み出したのか、諸君?
今日は君が泣き叫び
痛みに髪をかきむしるのだ
そして明日は「エノラ・ゲイ」が
君にもまた。
 

そこここを歩き回る
ストロボのフラッシュの中を
世間について何も知らぬ
鳩達のたわむれる中を
無数のありふれたもの
土産物を売る街の中を。
 

見せて貰ったのはネックレスに
財布、ライター、
そこで私は尋ねる
失礼ですが、あなたに痛みはおありですか
ちっぽけであれ人間の痛みが
あの出来事の記憶が?
 

さらば 広島
生きとし生けるものへの一撃、
我々は泣いた、
世界中の思いを切り裂く行いに
まだ生まれぬ者を死に追いやり
殺されし者を蘇らせる。
 

ヒロシマ、
焼け焦げた追憶
その前では どんな人間的なものも
意味を持たない。
 
 


サッポロ
 

サッポロで手をのばすと
ひとふりの牡丹雪が
ゆっくりと私のてのひらで溶けていく、
くちびるを近付けると
よく知る水の味がした、
遠い昔
人と共に生まれ
あのちっぽけなしずくに
万華鏡の中のように見えるのは
めぐる季節
山の面をつたう水の流れ
緑なす森の息遣い
絶え間ない川の流れ
海、大洋は
大地に愛の言葉をささやく
雲は旅人の一行のごとく
彼方には広漠たる天が広がる
太陽は水を動かす
念の入った薬草のように
生きとし生ける命は
この惑星の最も価値あるもの
細胞から細胞へと脈動する
私は言った;
神よ、
終わりなく際限もない自然の
この調和の中で
我ら人間は
そのいとなみを破り
或いは繕わねばならないのか?
人生で初めてだった
ひとしずくの雪溶け水は
小さく、本当に小さく
天の使いのように
私が生まれてからかくも長い間
我が存在の
喜びを感じさせなかったのだ。
 
 


広告の女
 

美しい日本の女
広告の中から私を見る
もの思う道すがら
その大きく
輝く瞳で、
そこには心動かす恋の夢。
 

私はおまえのごまかしを
いつわりを知っている、
おまえはこうやってみんなを見るのだ
おまえの前を通り過ぎるものすべてを
美しく、嫌らしく
愚かしくまた賢く
これまでいくつの恋心を燃え立たせたか
おまえを造り出した者達は
かくも多くを費やすのだ
その微笑みに。
 

けれどもどうしてだか
たいてい我々は だまされて喜んでいる
おまえのために
(あのちびの中年男を見ろ
その姿に向かおうと
おまえの前へ行く。
誰もがいつでも少しだけこの男に似ているのだ)。
 

おまえの人生とはどんなものか。
我々を見つめているように見えても
我々に目を向けてはいない
我々は生きているのに
だが彼女の代わりだけは
そうは言っても、
我々は失いたくないのだ。
 

私を見よ、
そして幻想を忘れよ、
そうすればもっとましだろう
知らないでいれば。
思うことに罪はないだろうか
かような深みにはまること
なぜより賢くなるか
不幸になるか
そして平穏を去るか と?
 
 


ギンザ
 

ギンザをひとりぶらつく
物思いつつ
だが無関心に
辺りを眺めても、
手ひどく私を刺し殺すのだ
街のこの豪奢さは。
 

クラブに入り
サケを注文する
飲んでいる内
慰められた気分になる
 

そのとき思い起こすのは
もっと強烈なやつ
我が故郷の
あの悪魔のラキなのだ。



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