XVIII

 十月の中頃。レナと一緒に町外れを散歩していたゲント・ルヴィナは不意に、今しがた通った平原がよく見知った場所であることに気付いた。
 何だ、ここはまさに、去年のあの素晴らしいピクニックの場所じゃないか。彼は声をあげそうになった。向こうに古いトラックもある。まだ片付けられていなかったなんて。
「レナ!」
ゲントは呼びかけた。
「ほら、木馬だよ」
 レナは二十歩ほど離れたところで、季節の花の残りを摘んでいたが、振り向いて、ゲントが指さした方をちょっとだけ見た。しかしまたしゃがんで花を摘み出した。彼女の瞳はきらきらと輝いていたが、それはどこかのカップルが殺されたというニュースを聞いた日から、一層その輝きを増しているようだった。彼女は、事件を起こしたのは自分の元婚約者に違いないと確信していた。きっと薄闇の中で、どこかの見知らぬブロンドの女をレナだと思い込んで、手にかけてしまったのだ。
 レナが花束を集め続けている間、ゲント・ルヴィナはゆっくりとトラックの方へ歩いていった。風が水溜まりのあるところに新聞の切れ端を吹き込んでいた。ところどころ見出しの読めるものがあった。トラックはもう間近だった。ゲント・ルヴィナの足取りは、歩みを進めるにつれて緩慢なものになっていた。
 ゲントは、地面に捨てられた瓶に視線を落とした。彼はしゃがみ込み、その瓶を手にして立ち上がるとさらに数歩、トラックの方に近付き、そしてその場に立ち止まった。平原の真ん中に、ただ一人だった。彼は手を振り上げると、力まかせに瓶をトラックめがけて投げつけた。瓶は背板に当たって砕け、その内側で製鉄工場のような押し殺した音を響かせた。花を摘んでいたレナがその音に驚いて振り向くのが見えたが、思いのほか遠過ぎて、彼女が何を言ったのか聞き取れなかった。
 彼は果てしない平原の真ん中に、ただ一人だった。地平線の向こうから恐ろしい蛇どもが姿を現し、自分に罰を加えに来るように思われた。それらが地を這って自分の方へ向かってくるのに、硬直して動けなくなっていたのだ。彼は、遠くから響いてくる唸り声の中で、ラーオコオーンの大理石像と化しつつあった。ルーヴル、ロンドン、マドリードの美術館で、絶え間なく押し寄せる観覧者や観光客たちに取り囲まれて・・・その声と視線と、カメラのシャッター音が辺りを取り巻いていた。
 その渦巻く中で彼は思った。人々は互いに、怪物が自分の顔に残した掻き傷の跡のことを話し合っているのだ。彼は口を開いてことの真実を語りたかったが、彫刻の大理石にそれはかなわぬことだった。
ティラナ 1965年~1990年