ジョンとジンと妹の話ー伝説による物語
アリストテル・ミツィ著
昔あるところに、一人の羊飼いがおりました。彼には、ジョンとジンという二人の息子と、間もなく結婚することになっていたマーラという娘がいました。
思いもかけず彼は重い病にかかりました。先が長くないとわかると、彼は息を引き取る前に、息子たちにこう言いました。
「私はもう終わりだ。今は、おまえたち二人やマーラの結婚を見ずにこの世を去ることだけが心残りだよ…お祈りと一緒に、おまえたちには、仕事を嫌がらぬよう注文もつけておく。労働はありがたいものだ。働かぬ者は、生きる資格がない。そして最後に言っておくが、家畜を大切にし、心を込めて育てなさい。家畜は子供のようなものだからね…さもなければ、ことはうまくはいかないよ」
父親が亡くなってからも、ジョンとジンの二人の兄弟は一所懸命に働き続け、お互いと家畜を大切にし続けました。
秋に入ったある日、ジンがジョンに言いました。
「もう秋になったから、冬のことを考えないといけないね」
「そうだとも」とジョンはうなずきました。
「冬の餌を探さないといけないし、乾し草も足しておかないといけないよ」
「必ず、そうしよう」とジョンが答えました。
「それじゃ、僕は行くよ。谷の向こうへ下りてみるからね。ジョン兄さんはここにいて、家畜たちには囲いに沿って草地の草を食べさせてよ。犬たちをしっかりさせて、猟銃にも弾丸を込めておいてよ。狼か泥棒が現れたら、銃で口ん中に弾丸をぶち込んでやるんだぜ」とジンがジョンに言いました
「心配しなさんな」とジョンはジンに答えました。
数週間が過ぎました。ジンは草を探しては谷間で乾し草を作り、ジョンは囲いから出した羊たちを見張っていました。
暖かくなり、暑さが我慢できなくなると、ジョンは羊たちの毛を刈ってもいいだろうと思いました。羊たちといったら、身体じゅう毛だらけでどうにか暑さを我慢していたのです。
ジョンは大きなはさみを研ぐと、羊たちを集めて順番に毛を刈り始めました。家畜小屋の中に、刈った羊の毛の大きな山ができました。
羊の毛を刈り終えたところに、一人の商人が小屋へと姿を現しました。彼は羊の毛を気に入って、それを残らず買い取り、その場でお金を払うと袋の中に羊の毛を詰め始めました。袋は、家畜小屋の天井に届くほど積み上げられました。
午後になると商人は、羊の毛をすぐに運び出すため騾馬を取りに出ていきました。
やがて小屋へジンが戻ってきました。二人の兄弟は抱き合って挨拶しました。ジンはのどが渇いて水が欲しかったので、ジョンは冷たい水の入った樽を渡しました。ジンはうまそうにそれを飲むと、樽を小屋の中に立てかけてあった杖のそばに置きました。
その時、山積みになった袋がジンの目にとまりました。
「この袋はどうした?」ジンはジョンに尋ねました。
「羊の毛を商人に売ったのさ。毛はその人が袋に詰めたんだよ。今、騾馬を連れて来るのを待ってるんだ」
「羊の毛を売っただと?」ジンは驚いて問い直しました。
「そうだよ兄さん、売ったんだ。これで僕たちにもいいものが手に入るよ。商人は羊の毛をこの小屋の中で買ってくれたから、僕らが町へ持っていく必要もないんだ」
「奴はどんな値打ちでそれを買ったんだ?」
「大した金になったよ」
「何?金だと…そんなつまらんもので、奴にそれを渡すわけにはいかん」
「どうしてさ?つまらんものって何だい!」ジョンは聞き返しました。
「これ以上ないほどにつまらんものだ。あんな商人に羊の毛をやってはならん」
「僕はそれを売ったんだ。お金だってもらったんだ」とジョンは言いました。
「金は返そう」ジンは強い調子でそう言うと、袋を開け始めました。
「だめだ!」ジョンはジンに向かって叫びました。
「だめだよ、それを詰めるのに苦労したんだから」
「おまえは苦労したろうさ、弟よ。だが奴はそんなことお構いなしだ。俺たちの汗も苦労も、値打ちのないものと引き換えに買っていってしまったんだ」
二人の兄弟は言い争いました。一方が袋を開けようとすれば、もう一方はそれを再び詰めようとしました。
「待てよ、僕の言うことも聞けよ!もう済んでしまったことだよ。金を返すなんて、僕にはできないよ」とジョンは言いました。
ひどく腹を立てたジンは、我を忘れ、あらん限りの力で弟を突き飛ばしました。
ジョンは足元をとられてふらつきました。どこかにつかまろうとしましたが、あわてていたので、どこにも支えを見つけられませんでした。思わずからだが前のめりになり、羊の毛を刈ったはさみが置いてあるところに倒れ込んだのです。はさみの先が短刀の様にジョンの頭に突き刺さり、ジョンは恐ろしい悲鳴をあげました。
「僕を殺したな、兄さん!」ジョンは頭を血に染めて、よろよろと歩き出しました。
ジンはジョンのこのむごたらしいありさまを見て驚き、あわててそばに駆け寄ると、言いました。
「ああ弟よ!俺は何てことをしたんだ?!」
そしてジョンの頭からはさみの先を引き抜いて、おろおろしながら「許してくれ、ジョン!そんなつもりじゃなかった。そんなつもりじゃなかったんだ。ついかっとなってこんなことに」と繰り返しました。
ジョンは口をきくこともできませんでした。ジンは血を止めようとしましたが、むだでした。血はジョンの顔を伝わって流れ、髪を赤く染めました。すると、血に染まった髪の毛が鳥の羽根になり、口と歯は長く伸びてくちばしの様になりました。わきから全身にかけて無数の羽毛が生え、両腕は大きな翼になりました。こうしてジョンは、すっかり鳥に姿を変えてしまったのです。
ジンがジョンからまだ何かことばを聞こうとしたその時、ジョンは森に向かって飛び立ちました。
「ジョン…ジョン…ジョン!」ジンは弟のあとを追いかけて呼びかけましたが、まったくむだなことでした。
ジンの呼び声はだんだん強く、悲しげになり、森の木々さえ芯まで痛みを覚えるほどでした。鳥たちはさえずりをやめ、羊たちは悼むように首の鈴を鳴らしました。
ジンはなおも呼び続けましたが、ジョンは答えませんでした。そしてとうとう森の中に見えなくなってしまいました。もうジンは生きているのもいやになり、小屋に戻ると悲しみのあまり、羊の毛を刈ったはさみで自分の命を絶とうとしました。彼が心臓めがけて胸にはさみを突き立てたその時、戸口に妹のマーラが姿を現しました。
彼女は、自分の兄弟が不幸なことになる夢を見ました。不安にかられ、引き裂かれる様な思いで、馬に乗り小屋へとやってきたのです。
「まあ兄さん、何てことを?」兄を見た彼女は悲鳴をあげました。
ジンは身動きできませんでした。震える声で、妹に何が起こったのかを語り始めました。彼は悲しそうにこう言いました。
「弟がいなくては、もう生きていたくない」
こうして悲しいできごとの末、ジンは自分の胸にはさみを刺したのです。すると、彼もまた鳥に姿を変え、森へ向かって飛んでいきました。弟が飛び去った方向へ、弟を探して悲しげな、泣く様な声で。
「ジョン!?…ジョン!?…ジョン!?」
兄弟を失い取り残された妹のマーラは、不安におそわれました。顔は真っ白になり、両目からは言いようもなく涙があふれ出しました。
「ああ兄さんたち、どこに行ってしまったの?どこなの?どこ?どこ?」
そして彼女もまた生きていられなくなり、ジンと同じ道をたどりました。はさみの先を胸元に突き立てるや、胸が震え、身体じゅうが羽毛に覆われました。指先は翼になり、口はくちばしに…
かっこうになった彼女もまた、森の中へ、兄弟たちのもとへと飛び立ちました。二人を探し求めて、胸を打つような声で鳴きながら。
「クー【どこ】、クー?!クー、クー?!クー、クー?!」
そして、ジンとマーラの哀れな呼び声は、今この時も、まだ聞こえ続けているのです。
「ジョン…」「ジョン…」「クー、クー…」「クー、クー…」