*ズュロ同志、アフリカ行を支度する の巻
*ズュロ同志、アフリカとクレオパトラを見出す の巻
ズュロ同志、アフリカ行を支度する の巻
ズュロ同志がアフリカ訪問を予定していることで、首都じゅうに前代未聞の喧騒が巻き起こった。実際、ティラナじゅうが煮えたぎる大鍋の如しであった。出発前一週間は様々な討論や私見や評価や見解が、カフェ・ティラナで、作家芸術家同盟のクラブで、記者同盟のクラブで、人民劇場で、高等教育院で、狩猟協会で、オペラ・バレエ劇場で、労組同盟で、党委員会で、至る所で、ひきも切らなかった。その討論の中で誰もが、ズュロ同志が現在の地位を退くのではないかという考えを棄却した。むしろ逆で、ズュロ同志は更に高く、困難なキャリアへの階梯を上ろうとしていた。そのことを示していたのが、この予定されしアフリカ訪問であり、それは我が国の権威を打ち立て、アフリカの目覚めた人民との関係を強化する上で、重要な意味を持っていた。クレオパトラは自らの芸術界隈で、ズュロ同志の訪問がアフリカの豊かな民俗芸能グループと我々の側の多彩なグループとの交流を促進し、合唱団と共に暗黒大陸を旅する機会にもつながるだろうとの見解を表明した。ミトロ・カラパタチはアフリカへ行って民俗学の研究を行い、我が人民文化との接点を見出したいとの希望を抱いていた。一方、ツテ・バブリャはアフリカへ行って狩猟家たちと出会い、世界でも名の通ったアフリカの鹿[訳註:レイヨウのことか?]やガゼルの肉を賞味することを夢見ていた。しかし中でも重要だったのはアフリカとアルバニアの関係強化であり、アフリカから我が国への道を開くこと、そして我々の社会主義農村、農業協同組合、女性たちから影響を得てもらうことにあった。我々の革命の経験こそが、植民地主義によって分断され疲弊したアフリカを救えるのだ!と考える者たちもいた。こうした考えを特に擁護していたのが、タチカや吟遊詩人ジョク・チョクだった。
「理想としては、ズュロ同志はアフリカを燃え上がらせるだろうな!まあ聞きたまえ!彼のアフリカ行きは徒労に終わるまいよ!」トチカはそう言いながら両掌をこすり合わせた。
「なるほどそういう理想だね、君、アフリカはマルクス・レーニン主義の道を行くことになるだろうね」とジョク・チョクが宣言した。
ただアラニトは、ふんと鼻を鳴らしただけで、ズュロ同志のアフリカ行きについて意見も論評も一切しようとしなかった。
おまけにツテ・バブリャまでもが、同志ズュロのアフリカ行きに対するアラニトの見解について誰かから問われた時、こう答えたのだ:
「ノー・コメント!」
私が耳にしたのは、こうした連中のつぶやき、独り言だった:「ついてるよなあ、あんたたち!」そのつぶやきを追いかける暇も、私自身がつぶやく暇もなかった。ズュロ同志がアフリカ会議で行うであろう演説を用意しなければならなかったのだ、百科事典を、地理や歴史の本を、記者たちや旅行者たちの報告集を、詩集や民謡集を、民話集を、諺や小話集を調べ上げてだ。そうして本また本と資料を集めていると、ヨーロッパという菓子[訳註;原文はëmbëlsira Evropaと同格]を作るためにバナナを摘んだりサトウキビを刈り取るアフリカ人よりも疲れ果ててしまった。だが恐らくそれ以上に私を疲れ果てさせたのは、私が収集した資料の種類にあれこれ指図しようと一日に三度も呼びつけてくるズュロ同志だった。彼は机から立ち上がると、親指をベストの脇に突っ込んだまま、喉仏が首の上で跳ね上がらんばかりに首を背後にのけぞらせ、私の方を向いた。
「やあ、デムカ、アフリカの件ではどんなものを用意してくれたかね?」
私が書類でぱんぱんになった黒いカバンを開ける間、ズロはチッチッチッと舌打ち[訳註;原文は「唇をncë-ncë-ncë」]しながら、私の両手に視線を注いでいた:
「こりゃ孕ませたものだな、何が生まれてくることやら、知らぬは我々ばかりときた!」
彼は私のぱんぱんに膨れたカバンのことを言っていたのだ。
或る日の週末、私が図書室で調べものをしていると、大慌てで電話をかけてきて、執務室に来いと命じてきた。見るとその顔は紅潮していて、片方の耳が秋の終わりの桜の葉のように紫色で、焦点の定まらない目が軌道を描いて動く様は、まるで子どもの頃に遊んだ、ブナにできた瘤のようだった。
「やあ、デムカ!質料集めには取りかかってくれてるかい?」
「資料だよ!」私は言い直した。
[訳註;ズロはmaterieと言っているが、正しくはmaterial]
「ああ、我々にとって主要なもののことを考えていたんだ、質料のことをね。そうそう!君には知らせたいこともあってね、びっくりするぞ君・・・」
私は左頬の筋肉がぴくぴく動くのを感じた。
「見たぞ、びくっとしてるな。まあいずれ君の耳にも入るだろう。さて資料だ。特に重点を置くべきなのは、アフリカの格言だね、そこには人民の英知と魂が表出されている。そうした格言の中でも特に際立っているのが、ルルシャンと呼ばれる者についての話だよ」
私は口元をほころばせた。
「おいデムカ!自分の無知を嗤ってるのかい?だが君はルルシャンが何だかわかってるのか?」
「君に嘘はつけないな、ズュロ同志。ルルシャンなんて知らないよ」
[訳註;原語Lulushanはアルバニア語lule(花)から派生した形容詞、或いは名詞]
「アフリカのことを何も知らないんだな君は!ルルシャンは、花で着飾って、諺や格言、或いは名言を語る時には踊るのさ。アフリカに行けば、なあデムカ、君だってこのルルシャンと踊ることになるだろう。いや、待て、待て!どう思うね君?このアルバニアにはルルシャンなんかいないとでも思ってるのかい?でもエルバサンで3月14日の夏の日を祝うだろ、あれはルルシャンじゃないのか?首に花輪を飾って踊る。どっちの人民も似てると思うだろ?我々のルルシャンと、アフリカのルルシャンと何処が違う?あるのは表面的な相違だ。名前こそ違うがね。我々のルルシャンと言えば、そう例えば、シェムシェディンだな;アフリカのルルシャンは、ドフ・ディオプ・クンバと呼ばれている。我々のルルシャンはこう唄う:
[訳註;原文はDof-Diop Koumbaで、セネガルなど西アフリカで広く話されるウォロフ語の普通名詞と固有名詞を組み合わせた架空の人名。詳しくは後述]
食った者が
支払いをする、
金は捨てるものじゃない、
金は役立てるもの!
アフリカのルルシャンはこう唄う:
ヤー コ レケ
ヤー コイ フェチ
レカ ンガ コ
テチ ンガ フェチ
[訳註;上記の原文は次の通り:
ja ko lekkone
ja koje feje
leka n’ga ko
teje n’ga feje!
ちなみにこれがウォロフ語だとすると、正書法では次のようになる(らしい):
yaa ko leke
yaa koy fecc
lekk nga ko
tecc nga fecc
(お前がそれを食ったなら
お前が踊るのだ
食ったのはお前だ
踊るならお前が踊れ) ]
これをアフリカ人たちが話すリンガラ語[訳註;コンゴなど中央アフリカで話される言語。ウォロフ語とは異なる]で逐語訳するとだね:
食ったのはお前だ、
支払うのもお前だ
お前が食ったなら、
お前が支払うのだ・・・
ズュロ同志の言うことに、私は呆気に取られてしまった。彼は、彼の言うところのルルシャンたちが唄う歌の台詞を諳んじ出したのだ!呆気に取られた後には、不安が胸を締め付けてきた。もしも彼が私に、ルルシャンたちが語る諺を探してこいなどと命じる気にでもなった日には、どう切り抜けたらいいのだ?そんな不安に駆られて私は口を挟まずにいられなかった:
「ズュロ同志、君、その演説は必要ないんじゃないかな、ルルシャンたちの話題は面倒だろうし」
ズュロ同志は例によって、ベストに指を突っ込んだまま振り向いた:
「おや、面倒だと言うのかい君はルルシャンのことを!何だって紋切り型の演説を私がアフリカでしなきゃならないんだ?トルコ人言うところの浮わついた、或る種の浮わついた[訳註;原語havadanはトルコ語「空から」の借用]、我々の文化ともアフリカの文化とも結びつかない演説をかい?文化とは意思疎通のための器だよ。やりとりなのさ。そのアフリカのルルシャンが言う諺は、我々のと殆ど一緒じゃないか。その中の一つだけでも言ってみせようか。リンガラ語で聞きたまえ、後から訳してあげよう:「ガブ・ハ・コルナ」、これは逐語訳するとだね、「鷲の卵から雀が産まれる」だ。これは「ガチョウの尻から鶏の卵」とか「薔薇から黒苺」と一緒だよ、実に優雅で、実に美しくはないかね[訳註;上記の原文はGabu haj kolnajだが、これにほぼ近いリンガラ語はGaba ya kolanaで、逐語訳すると『中身のないことを言う』]。で、君はアフリカ人をどう思っているのかね?アフリカは我々の祖先だよ。アフリカの椰子の樹から初めに降りた猿が、最初のヒトになった。そしてこのヒトが君や私の父祖なのだ、同じ頃のヨーロッパは恐竜のいなくなった後にトカゲと鼠しかいなかったというのに。そうしてこの猿から生まれたヒトがヨーロッパへ移住し、黒人から白人になったのだよ。雪によって白くなったのだ。ヨーロッパへ移ることなくアフリカに留まった者たちは黒いままさ。陽に焼けたんだ。雪で白くなり、太陽で焼ける。君と私がアフリカへ行くのは単に代表団と会うためだけでなく、我々の祖先らに会うためでもある。そしてアフリカでは、クレオパトラも彼女の祖先に会うだろう。これが君に伝えようと言っていた、びっくりする知らせさ。
私がどれだけ想像をめぐらせたところで、ここまでの想像には至らなかった。著名な作家アデム・アダシの妻、クレオパトラがズュロ同志や私と共にアフリカへ行くというのだ!
「まあそう驚くなよ!」ズュロ同志は私の驚きに気付いてそう言い、そしてこう付け加えた:「上からのご意向さ。Q同志から連絡があって、彼女が我々代表団に加わると聞かされたんだ。それで彼女に執務室まで来てもらって、我らが劇場の経験に関する発表を用意するように言ったんだ、会議のどれかの部会で話せるようにね。あの別嬪さん[訳註;原語は「繭」だが、これは美女の比喩]、外国語はまるでできないんだ。どうしたらいいものやら。だから我々が手を貸そうってわけさ。クレオパトラにはバビロニアの遺跡を見に行かせたらどうかな、だってこの王国も、アフリカのジュバ[訳註;原語xhybeはムスリムの男性が着用する伝統的な長衣]のポケットの内にあったのだからね。
2.
風のようなささやきが、遂にクレオパトラとアデム・アダシの岸辺にまで回ってきた。その岸辺に泡立った波がぶつかるたび、アデム・アダシはその波の轟音を聞かないように両手で相当大きなその耳を両手で覆うのだった。作家クラブでは、クレオパトラがズュロ同志の信奉者であり、他でもないズュロ同志こそが、彼女をバナナとワニの国へ連れて行って、彼女の驚きと好奇心を刺激して、彼女を「まあ」とか「へえ」とか楽しませてやると約束したのだと噂になっていた。一方、記者クラブで言われていたのは、Q同志がクレオパトラに頭が上がらず、彼女をアフリカへ行かせるのにも二つの目論見あってのことだ、というものだった。第一に、アフリカの気候以上に彼自身の雰囲気[訳註;「気候」も「雰囲気」も原語はklimë]で彼女を暖めること、そして第二に、こちらの方が重要なのだが、アフリカにおけるズュロ同志の態度や行動に関する情報を彼女から得ること。
「それってつまりスパ・・・」と言いかけて笑い出したのはツテ・バブリャだった。
「水はいいで・・・すパイナップルを・・・」と陰鬱な、むしろ暗く重苦しい様子で応じたのはアラニトで、ラキのグラスなど目の前に持ったことが一度もなかった彼は、目の前にあったサレプのグラスまで割ってしまった。
[訳註;原文ではツテが「スパイ(spiun)」の途中(spi…)まで言いかけたところで、アラニトが
「私は水を・・・飲まない(s’pi…ujë)」と割って入り、続けて「ではパイナップルを・・・(po ananas…)」と言っている。サレプ(salep)はラン科の球根の粉末から作る飲料]
「おいお前もなアラニト、そんなサレプなんて!俺は知ってるぞ、クレオパトラは水は・・・ないがスパ・・・なんだ俺とズュロは」とツテ・バブリャが割って入ったのだが、その時アラニトが割れんばかりの大声で笑い出したので全員がびくっとした、何しろ今までにそんな笑い声を聞いたことがなかったからだ。
[訳註;原文はクレオパトラが「水を・・・飲まない(s’pi…ujë)」と「私は・・・飲まない(spi…unë)」をかけているが、恐らく「スパイ(spiun)」ともかけている]
記者界隈での論評は総じて、曖昧かつ諧謔に満ちたものだった。嫌味や皮肉や寓意が絡み合ったものも珍しくなかった。一言で言えばイソップ風の表現が支配的であり、とりわけQ同志とクレオパトラの関係をめぐる議論ではそうだった。Q同志だけがクレオパトラをアフリカへ行かせる権力や権限を持っていることは、誰もが知っていた。それはズュロ同志の仕業ではなかった。クレオパトラにまでその手は効かなかったのだ、たとえ他の理由があったにしても。ズュロ同志の前には二人の嫉妬屋がいた:彼自身の妻であるアディラ、そしてクレオパトラがズュロ同志に弱いこと、しばしば無遠慮に「フェブレス」[訳註;原語febblesë < フランス語faiblesse 「意志の弱さ」や「誘惑への甘さ」を指す]と呼ばれる弱みがあると勘付いていたアデム・アダシである。おまけにアデム・アダシはクレオパトラにアフリカ行きの件が知らされると、交流の場からも姿を消してしまったのだ、まるで稀少品が姿を消すように。彼は二、三度ばかり作家クラブに顔を出し、クレオパトラについて曖昧な言葉を七つ、八つほど耳にしただけで、帰って家に閉じこもってしまった。彼の家の雰囲気の中に雷鳴の時候があったのか、はたまたなかったのか、それはわからない。藪の中だ[訳註;原語pusは「井戸」、転じて「暗闇、はっきりしないこと」の比喩]。ツテ・バブリャさえ、その感覚の鋭敏なることで有名な耳をもってしても、何ひとつ摑むことができなかった。実のところ、サコ・バンゴ記者にだけは『ゼリ・イ・ポプリト』の記事を貰いにアデム・アダシのもとを訪ねた時に、何か話があったらしい。アデム・アダシの家でサコ・バンゴは、コンゴで西ドイツ大使に起こったことを語って聞かせた。ATSH[訳註;アルバニア国営通信]のニュースによると、そのドイツ大使は人食いの部族に捕えられ、生のまま食われてしまったという。
「ニュースによれば、彼は食べられてしまったらしい。ロイターがそう伝えている」サコ・バンゴは事実を認めた。
その時のクレオパトラはひどく取り乱していた。
「私たちも食べられたりしないでしょうね!コンゴってそんな人食いの部族がいるのかしら、コンゴよ、私たちも行くところなのよね?」
アデム・アダシは暗い顔をしていた、とサコ・バンゴの目には映ったが、クレオパトラにこう言ったという:
「君は食われるだろうな;それで腹一杯になって、ズュロ同志とデムカは命拾いするだろうな」
さあそこでゴロゴロと雷鳴がとどろいた。クレオパトラは皿を十二枚と、アデム・アダシが中国大使から四十歳の誕生日に貰った磁器の花瓶一本を粉々にした。
アダシ家におけるこの雰囲気ぶち壊し全ての原因をサコ・バンゴ記者に帰することはできない、彼はコンゴ人たちに食われたドイツ大使の話をごくあっさり語ったに過ぎないのだから。サコ・バンゴの話にしても、たまたま出てきたに過ぎない。クレオパトラから嵐が巻き起こるや、哀れ、サコ・バンゴは文字通り顔色を失い[訳註;逐語訳は「黄色くなり」]縮み上がってしまい、どうにか夫人を落ちつかせ正常な精神状態に戻そうと、こんなことを言い出した:
「コンゴは二つあるんだよ。一つは所謂ベルギー領コンゴで、独裁者モブトゥが支配している、もう一つはブラザヴィル・コンゴで、大統領は革命家のングアビだ。ドイツ大使とコンゴ人を食ったのは独裁者モブトゥの方で、君が行くのはングアビの革命コンゴの方だ、人は食わないよ」[訳註;前者はザイールまたはコンゴ民主共和国、後者はコンゴ共和国。なおモブトゥに関する食人の事実は確認されていない]
「食べるわよ、食べるわよ!あいつら似たようなものよ!」クレオパトラは割れた皿の上を踏みつけ、寝室に引っ込んでしまった。
「いやあ悪かったなあ、アデム・アダシよ、あの大使がコンゴ人に丸呑みされたばかりに今回はしくじってしまった。気の毒に、クレオパトラにも嫌な思いをさせてしまって」サコ・バンゴが弁解した。
「なあに、怖がってる方がまだましさ、コンゴは花盛りだって知ってるよりはね。だがあの黒人どもの誰かが歯なんぞ鳴らした日には、さてどうなることやら!」と言いながらアデム・アダシは手を振ってみせた。
サコ・バンゴは深い考えもなくこう言った:
「でもあいつら白人の肉は好物じゃないかも知れないしなあ!」
アデム・アダシは怒りを込めて相手を見たが、何も言うことはなかった。
批評・学術思想の界隈で、クレオパトラのアフリカ行きに関する会話は冷淡かつ大いに懐疑的なものだった。ミトロ・カラパタチは、クレオパトラがアフリカ行き代表団に参加することへの不満を公然と表明した。彼に言わせれば、代表団に加わるべきは研究者やアルバニア文化全般、殊に演劇論に通じた人物だという。
「クレオパトラは妹か義妹にするには相応しい好ましい女性かも知れないが、大陸へ向かう代表団の一員ではない・・・」とミトロ・カラパタチは言うのだった。
一方、批評家ザイム・アヴァズィと民俗学研究所の所長ツテ・バブリャはというと、ミトロ・カラパタチと同意見ではなかった。
「アフリカには、クレオパトラみたいなアマゾネスが行く方がうまくいくよ。彼女なら代表団を引き立ててくれるし、暗黒大陸においてアルバニアの美を象徴してくれる。我々が外国へ代表団を送る時は姿勢の悪い[訳註;原語は「形の曲がった」]女性たちを入れがちで・・・」
「ひどいびっこの[訳註;原語topallはトルコ語からの借用語で「足萎え、足の不自由な」の意]・・・」とツテ・バブリャの話にザイム・アヴァズィが割って入った。
「そう、そう、びっこだ!あの商工会議所のびっこの女はギリシアに行ってないよな?」
「いやまさか!ギリシアなんて!」とツテ・バブリャをザイム・アヴァズィが遮った。
「何でもサリー・ブトカ隊長は、背が低くて隻眼だったせいで、ギリシアの代表者たちと会うことはなかったらしい。一度、ギリシアにアルバニアの代表団が赴き国境紛争の要因に光を当てようとした時、サリー・ブトカ隊長は背が低く盲目だからとその代表団の先頭に立とうとしなかった。彼はギリシアで大評判になっていて、ギリシア人たちは彼を二メートルの大男だと想像していたんだ。そこで地域の一番のっぽで一番の美男子が選ばれて、そいつが代表団を引率し、サリー・ブトカと名乗るように言った。ギリシア人たちはその色男を見て、口をあんぐりさせ、目を見張っていた。『来たれ美丈夫、おおサリー・ブトカよ!』と彼らはうっとりして言ったものさ。わかるかい、小柄なミトロ・カラパタチよ、このように若鷹サリー・ブトカは国民の名誉のため自己を否定した。我々には魅惑のクレオパトラがいる、そしてアフリカには、君のようなチビ助にも行って欲しいのさ!」とツテ・バブリャは締め括った。
[訳註;このサリー・ブトカ(Salih Butka)は、実在の民族主義革命家サリ・ブトカ(Sali Butka)とは恐らく無関係]
「勘弁してくれツテ同志!」ミトロ・カラパタチは腹を立てていた。
こんな風に、クレオパトラをめぐるつぶやきは続いた。だが違う性質のつぶやきもあった。うちのゼネペが持ってきたニュースによれば、アディラは、ズュロ同志率いるアフリカ行き代表団にクレオパトラを派遣することに納得していないという。彼女は口をOの字形に丸めて、そのOの中から忌々しげな言葉が数多く飛び出した。
「もう、このクレオパトラなんて脱いで裸になってアフリカ女たちと一緒になって踊りかねないわよ、メロンみたいなおっぱい揺らしてさ、アフリカ人のおっぱいと一緒にさ!」
「まあ、よしなさいよアディラ!ズュロ同志がそうするのを許可したんでしょ!」とうちのゼネペは言った。
「いやズュロはアフリカとの連帯、これを求めてるのさ」
「クレオパトラのおっぱいと、じゃなくてね!」とゼネペが割り込んできて、おっぱいと口にした後に聞こえないくらいの笑い声を漏らした。
どうとでもなれ!それは噂話の類だ。さて私はどうするか!格言集を探し出さなければならないのだ、その登場人物はルルシャンで、二言語仕様の格言集だ、或いは学術的に言うならバイリンガルだ、リンガラ語とフランス語の;おまけにQ同志の要請でクレオパトラの原稿も書くよう言われているのだ。
「彼女に書いてあげるのやめなさいよ、デムカ!ズュロ同志の顔に泥を塗って[訳註;原語は「タールでダメにする」]やればいいわ。もしもよ、明日、上から指示が来てズュロ同志のところのアディラが代表団に同行することになったら?彼女にも原稿を書いてあげるわけ?どうせ、クレオパトラにはあのでか頭[訳註;比喩としては「自惚れ屋」「成り上がり」「頑固者」など悪い意味しかない]のアデム・アダシがついてるのよ。あれだけガリガリ『嵐は打ち倒されし』の脚本なんか書いてて、女房の原稿ぐらいでっちあげられない[訳註;原語mollukrepsは辞書にないが、語構成から推測して「粗暴に振る舞う」の意味か]わけないでしょ?クレオパトラの原稿なんか放っときなさいよデムカ、どうかしてるわよ!あなた、あの気まぐれ女[訳註;原語は「カーネーション」]の発表なんかなくたって、アフリカの女たちがあれを見たら馬鹿にするでしょうよ-まあ、彼女の発表なんかなくたって、あなたルルシャンなんていう私が聞いたこともないもののことを一晩中とりとめなく喋ってるのよ。でその、私たちをおかしくしてるルルシャンって何なのよ?」ゼネペは怯えた視線のまま、両掌を私の頬から離した。
「よしてくれ、ゼネペ!」
私はパンパンに膨れたカバンを手に取り、ルルシャン探しに出かけた。
3.
探しているものが見つからないということはあり得ない。我らの祖父母が言ったことは正しかった:『求める者は見出せる』。私もまた、ズュロ同志の指示で国立図書館で調べていると、驚くべきことに『アフリカの知恵』と題する本を発見したのだ。さて、-と私はひとりごちた-これがルルシャンの知恵か。その知恵の一つも読まないうちに私はその小冊子を手に取り、カバンに突っ込んでズュロ同志の事務所へ駆けつけた。ひと呼吸おくと、アルキメデスのごとく、ドアを開け叫んだ。
「エウレーカ!」
ズュロ同志は、私の出現を予期しておらず、パンスネ[訳註;サドルブリッジ、または所謂「鼻眼鏡」]を鼻の上に載せたまま、ぎょっとして私を見た:
「デムカ、アフリカに頭をやられたか?」
「違う、ルルシャンだ!」
「おいおいデムカよ!」私が本当におかしくなったと思って、ズュロは声を上げた、
「ほら!」と私は本を摑んだ腕を差し出した。
その中身は、ザルマ[訳註;アフリカ北部のZarma(ザルマ人またはザルマ語)で語られる格言を指すと思われる]と呼ばれる格言だった。ズュロ同志はそれを手に取り、ひと息にざっとめくってみた。
「これだ、ほらデムカ」と彼は言った。「これこそアフリカの真珠だよ。何てこった!何てこった!ふむ!この『ザルマ』の語り手は二重人格だな。この人物はルルシャンの男になったりルルシャンの女になったり、つまり或る時は勇士、或る時は叔母になって、甥や姪が知識を身に付け、家庭や社会でよく振る舞うための知恵を示しているわけだ。君も見たまえよデムカ、アフリカの家庭では、棒で編んで泥を塗ってる家を見ても君は信じるまいが、そこでは知識や教育がこうして受け継がれているんだね、我々の歌にもあるように:
婆さんのその家は
棒で編んで作ってる、
母の娘よ起きなさい、
もう昼なんだから
アフリカの母親の娘はね、デムカ、棒で編んだ家の中では昼まで寝てやしないのさ、庭の椰子の木の上で見張りに立つ猿たちに守られて、ルルシャンの男やルルシャンの女のザルマを聞きながら過ごすのさ」
そしてズュロ同志はセネガルの詩人レオポル・セダル・サンゴルの詩のごとき、流れるような調子たっぷりにそんなことを語った後、幾つかのザルマのところで立ち止まっては、まるで自分で創作でもしたかのような格別な満足感を込めつつ、私にそれらを読んで聞かせたのだ:
[訳註;レオポル・セダル・サンゴル(Léopold Sédar Senghor)は詩人で、1960年に独立したセネガル共和国の初代大統領]
*お前より服が多い奴は、虱も多い。
私は吹き出した。ズュロ同志は私に人差し指を突き付けて:
「笑いごとじゃないぞデムカ、このザルマには、君が思っているのとは別の意味があるんだ。私はね、このザルマを笑うにしても、別嬪さんのクレオパトラなら許すが、ウドの大木のデムカなら許さないぞ!このザルマにはこういう意味がある:『お前より富が多い奴は、可能性も多い』とね。いいかね?『お前より服が多い奴は、虱も多い』 というザルマには、虱には可能性という意味があるんだ。それに、アフリカの平等な虱をアルバニアの虱と一緒にしてはいかん!アフリカで虱は肯定的に英雄なんだ;社会主義リアリズムとは違うがね。例えばヴェトナムでは、兎を勇者としてとらえている。ヴェトナムのどんなおとぎ話でも歌でも、どんな小説でも兎は勇者として登場するんだ、君やアデム・アダシが物語の中で臆病者として描いている、あの兎がだよ。アフリカの虱も富の象徴であり、それゆえ肯定的に英雄でもある。君は虱が砂や石の中で育つのを見たことがあるかね?脂肪、これすなわち富のあるところでは、虱だって育つのだ。アフリカの格言こそは至言だよ!だがこれ以上この格言で引き延ばしても仕方ない。他のを見ていこう:
*果実はその皮の長さ以上に成長できない。
*川は大きい、だが常に必要なのは一滴の水。
*道は畑に通じる。
*満たされた鍋は音を立てない。
*獅子は背骨が折れていても、雌牛を絞め殺す。
*見えている、だが捕まらない。
」
ズュロ同志はそこで読む作業を中断して、ザルマの載った本を高々と掲げ、振り回し、そして私の方を向いた:
「君が聞いているこれら警句の全てはだね、デムカよ、我々の側にもあるのだ。中には実に美しいものもある。例えばだね、アフリカ人は『見えている、だが捕まらない』と言っているが、我々の側ではこう言っている:『目で見て心で罵る』、これはアフリカのザルマの前では椰子の木十本分の高さだ。もう一つ、アフリカのザルマで『満たされた鍋は音を立てない』、心地良いものだがしかし、『実った穂ほど頭を下げる』の響きを超えるものではないね。そら、まだ三つか四つザルマを聞きたまえよ、そうして問題の殻の内側に入り、本質を見極めようじゃないか。いいかね:
*ズボンを脱ぐのは頭からでなく、尻からだ。
」
とそこでズュロ同志は息を切らし仕事机に突っ伏した:
「いや、いや、アフリカのイカサマ師ときたら大した仕事ぶりだな!まあ聞きたまえよデムカ、原語ではこんな感じだ:『バーニ・バーニ・スィ・ムドゥン・カ・ボン・ハライ』。私にはわからんよデムカ、リンガラ語の『尻』ってのは何処かな、尻がむずむずするな。尻は『ムドゥン』のはずだ」
[訳註:原文はBaani baani si mudun ka bon harei.だが、ガンビア、セネガル、ギニアビサウで話されているマンディンカ語の正書法ではBaani baani si mùdùŋ ka bɔ̀n haray. で「悪いことはもう終わった」の意。またリンガラ語とマンディンカ語は全く別の言語であり、少なくともマンディンカ語のmùdùŋに「尻」の意味はない]
そしてズュロ同志は口の前に手をやり、大笑いした。
「さてあちこち見て回って探すとしようか!」そう言って彼は読み始めた:
*手で太陽は隠せない
「我々にはもっといいのがあるぞ:『ふるいで太陽は隠せない』だ。このくだりでは、アフリカ人が何を見出したというわけではない。
次に行こう。
*死んだ蛇をあてにするな。
*死さえなければ兎は王様。
これは我々の方にもあるぞ:『猫がいなければ、鼠が躍る』。だがアフリカ人の方が抽象的で実践的だな」とズュロ同志は本に視線を落としたまま言った。
*卵を求める者は、子牛も求める。
「我々にもあるぞ!『指を与えて腕を取れ』だ」ズュロ同志はつぶやいた。
*人生は大鍋の中の焼き菓子[訳註;原語kulaçは円盤状の生地を浅い大鍋で焼いたフォカッチャ様の菓子]だ;鍋から取り出さなければ焦げてしまう。
*のどの渇きを我慢するより湯を飲む方がまし。
*どんな小さなワニでも口は臭い。
*「行ったが得られなかった」と言うより、「行ってない」と言う方がまし。
*川岸の仲間の話を盗み聞くために丘に登る。
*料理を焦がす鍋は、変わりようがない。
「ふむ!・・・我々の方にはもっと象徴的なのがあるな:『せむしの背筋は墓石でも直らない』だ。な、デムカよ、我々の方が説得力がある。鍋は直せても、せむしは直せないからな!」
「そう、そうだ!我々の方が良い」と私は言ったが、飽きは隠せていなかった。
それにはズュロ同志も気付いて、本を閉じた。私を無言のままじっと見つめ、テーブルネストから離れ、二、三度ばかり「プッ、プッ」と口を鳴らし[訳註;不満を表す仕草]、そして私の方を向いた:
「なあデムカよ!日々というのは柵の中の羊のごとく押し合いへし合いしている。地平線に姿を現わすのは黒い象だ。君わかるかい、アフリカだよ。私の演説は、水曜日に我が岸辺に現れる道についてだよ。土曜日にはローマへ出発だ。ちょっとだけチャドの首都に降りる、アフリカの心臓だね、でそこからブラザヴィルへ直行だ、ダイヤモンドとカリウムのコンゴの首都にね。演説では、弁証法的手法で我々の文化の進歩の力強さを示した後、互いを豊かにするコミュニケーションの器としての、両人民の文化的関係に移るつもりだ。我々の文化とアフリカ文化の接近を、主に双方の民間伝承、特に格言を通して探っていくんだ、あとおとぎ話もね、もっともアフリカ人には知恵の小僧[訳註;原語qerosはアルバニアの民話に登場する、賢い禿頭の少年]のお話も王のお話もないんだが。アフリカの現実にはどうやら、知恵の小僧たちも王たちもいなかったと見える。癩病持ちや部族長たちはいるんだ。癩病持ちや部族長たちならアフリカのおとぎ話では山ほど[訳註;逐語訳「袋(複数形)にして」]見つかるだろう。だがそれ以上に見つかるのは精霊や、悪霊や、悪鬼や、特に阿呆どもだろうな。おとぎ話の中で悪鬼や阿呆ども[訳註;原義は「中身のない穂」、転じて頭の空っぽな奴]に我々は出会うわけだ」
私は阿呆どもという言葉に吹き出した。ズュロ同志はその機を逃さなかった:
「阿呆どもというのはね、なあデムカ、棒と布切れでできた大きな人形たちなんだ。この阿呆どもがトウモロコシ畑や、スイカ畑の真ん中に、ブドウ畑のてっぺんに置かれていて、鹿や野豚やあらゆる種類の捕食動物を追い払うわけだ。阿呆どもはアフリカ人も大いに利用していて、猿にキリンに、勿論シマウマやレイヨウやサイを怖がらせて、作物を荒らされないようにしているんだよ。それだから阿呆どもは、まあ君は笑うだろうがね、アフリカのおとぎ話にも出てくるわけだ。さてここからだ!今度は別件だ。このクレオパトラの発表の件を考えて欲しい。何かマルクス主義の基本概念などを説明する会議もやってくれ、こういうクレオパトラみたいな類の女たちはマルクス主義のことなんかまるでわかってないんだからね。何にせよ、彼女の頭の中の畑に若木を植えようとはしないことだ、あの畑はマルクス主義の苗床としてはさほど肥沃ではないよ」
ズュロ同志の指示を聞いて、私は出ていこうとした。その時、彼に呼び止められた:
「おいおいデムカ!ザルマの本を忘れてるぜ・・・」
ズュロ同志、アフリカとクレオパトラを見出す の巻
[訳註;原語zbulojには「覆いを取る」の意も]
1.
ズュロ同志の言った通りになった。我々はまだ夜も明けきらぬうちに家を出た、ローマ行きの飛行機は朝早く出発するからだ。我々の出発は至って静かなもので、喧騒も混乱もなかった。我々が出発した時、近所は寝静まっていて、いつも誰かが外国へ出かける時にはつきものの、一般市民や子供たちの裏口からの盗み見や、好奇の目に悩まされずに済んだ。何処かの野良犬がワンと吠え、何処かの野良猫がニャアと鳴き、平屋建ての中庭で出遅れた雄鶏が唄っているだけだった。ズュロ同志が出て行く時も、気配一つ、物音一つしなかった。バルコニーなり、壁の切れ目なりから『ズュロ同志がアフリカへ出発だ!』と声を上げる人もなかった。私のことも、ゼネペは階段のところまで見送りには来なかった。私に苦いコーヒーを、眠そうにあくびをしながら淹れてくれただけで、そうして寝ぼけまなこのまま、私がクレオパトラに書いてやった原稿の件に悪態をつくのだった。
「あなたなんか万年筆が壊れてインクまみれになればいいのよ!アフリカ行きでも原稿書きをやめないんだったら、猿に目玉をえぐり取られたらいいのよ!」
無慈悲なもんだ!さて何と言ったらいいものやら?クレオパトラのことをアデム・アダシは見送りもしなかったのだ。機内でも聞かされたことだが、その彼女にアデム・アダシは悪態までついたのだという、私にゼネペがそうしたようにだ。彼はギリギリ歯噛みしていた。
「ドイツ大使を丸呑みした、あの人喰いどもに食われちまえばいいんだ!」
「そっちこそ、芝居の登場人物にバラバラにされたらいいのよ!」とクレオパトラが、玄関口で待つズュロ同志の車のクラクションを聞きながらつぶやいた。
ズュロ同志だけが見送りを受けていた。彼の肩をアディラは憂い気に、相変わらずの優雅さで抱いていた。彼女はクレオパトラ、この女たちにとってのハイエナ、男たちにとってのイタチ[訳註:原語kunadheは正確には「テン(貂)」]をろくに見もしなかった、まるで私をあの苦々しくも滑稽な悪態で送り出したゼネペが言っていたように:『猿に目玉をえぐり取られたらいいのよ!』
ズュロ同志は誰よりもこの寒々とした、まるで自分たちが何かしら革命の勃発を引き起こそうと非合法にアフリカ入りしようとでもしているかのような見送りぶりを感じ取っていた。勿論、彼の思索の範囲はこと見送りに関しては、近所の路地に住民が出てきて『見ろ、アフリカ行き代表団の出発だ!』とばかりに自分たちを好奇の目で見送ることぐらいしか考えていなかった私たちに比べれば、ずっと広いものだった。ズュロ同志は問題を、国家儀礼の規定が及ぶ限界の極北まで拡張させていたのだ。汎アフリカ会議へ向かう代表団の頂点に立つような、そういう人物が出発するのにだ、閣僚なりQ同志なり、果ては副閣僚なりが公に同行しないなどということがあり得るだろうか?いやわからんぞ!たぶん同行者たちは空港にいるのだろうな!と。
空港は更に寒々としていた。そこの椅子で待っていたのは搭乗客が四、五人と、見送りが二、三人、そして入口までの歩数を数えている警官が一人。我々が他の人たちと同じように腰掛けると、ズュロ同志は私に、新聞を買って来てくれと首を振り促した。
「新聞のことを思い出したよ、サコ・バンゴ記者が目に入ったからね」ズュロ同志は言った。
確かに、『ゼリ・イ・ポプリト』と『バシュキミ』[訳註:アルバニアの大衆組織「民主戦線」の機関紙]を買った時、私の目の前には、痩せて背が高く、少しだけ猫背で、黄色い顔にうちのゼネペが棚にしまっているコーヒーカップの受け皿を二つ並べたような、ぶ厚い幅広の眼鏡をかけたサコ・バンゴがいた。彼は中国へ行くと言っていた、自分が書いた反米帝の記事を周恩来が気に入って、本人に招かれたらしい。彼もローマ経由で中国へ向かうのだった。
ズュロ同志は一つ目の新聞を手にするや、勢いよく紙面を開き、私にそれを渡すと目まぐるしく二つ目を、数秒足らずで手にすると、一つ目と同じように私に回し、溜め息をついた:
「おい!」
「我々代表団の出発に関するニュースがないぞ」私は言った。
「妙だな!たぶん明日には載るさ」彼は言った。
そこで視線がサコ・バンゴに向かった:
「で、彼は?」
「周恩来のお招きで中国に行くんだとさ」私は言った。
ズュロ同志はその予期せぬ驚くべき話に、タバコの吸い口の方に火をつけていた。アディラは吸い口が焦げる不快な匂いにすぐ気付いて、手でその嫌な煙を払い、自分の夫に文句を言った:
「ズュロ、あなたまで!何だってそんなとんでもない方に火をつけてるのよ!」
ズュロ同志はすぐさまタバコを放り捨てると、サコ・バンゴに手を振ってみせた。
サコ・バンゴがやって来たが、既に遠くから声を上げていた:
「道中お達者で、ズュロ同志!」
「道中お達者で、と言いつつ、くたばっちまえ、が本心だ[訳註;原文を逐語訳すると「口では良い旅を、沈黙では首が折れるように」で、道中の無事を祈る定型表現に皮肉を付け加えている]。ラテン語でも言っている:『ウェルバ・ウォラント、スクリープタ・マネント』[訳註;原語は“verba volant, scripta manent(話されたものは流れ、書かれたものは残る)”]新聞に代表団のことは一行も出てないじゃないか!」とズュロ同志はこぼした、まるでサコ・バンゴがその元凶ででもあるかのように。
「代表団に関するニュースの発表は上の方から出るんだぜ」サコ・バンゴが言った。
ズュロ同志はどうにか冗談混じりで報道への不満を返した。この件の只中にサコ・バンゴが何ら関わっていないことは、彼にもわかっていたのだ。彼はサコ・バンゴが周恩来の招待を受けたことを祝福し、道中の無事を祈った。
クレオパトラはその間じゅうささやきもせず、その唇のバラを咲かせることもなかったが、遠ざかるサコ・バンゴの背中を目で追いながら、こうつぶやいた:
「何て奴!」
「誰が?」ズュロ同志が訊ねた。
「ほら、あのスィコ・ドゥングよ!」とクレオパトラは言った。
「サコ・バンゴだよ!でもどうして?」と言い直しつつズュロ同志が訊ねた。
「うちでアデムに言ったのよ、コンゴで人喰いの連中にドイツ大使が食べられたって」
「いいじゃないか言ったって。骨までまるかじりだったんだろ」そう言うズュロ同志は、奇妙にもひどく苛立っていた。
「まああんまりよ、ズュロったら!」アディラがまるで人喰い連中が空港に降り立ったかのような声を上げた。
クレオパトラは一行の外に視線をやった。サコ・バンゴ、あのそよ風にも揺れる黄色い葦みたいな奴に聞かされた話が本当だったとは。ところが急に彼女は唇に両掌をやると、くすくす笑い出したのだ。
アディラはむっとして彼女を見たが、ズュロ同志は声をかけた:
「どうしたの?」
「急におかしなこと思いついたんだけど、話してあげましょうか:あのサコ・バンゴじゃ、人喰い連中も食べるところがないなって・・・」
「そんなパサパサのビスケットだってね、食べようはあるわよ」とアディラが言った。
「アディラの言うのももっともだ。人喰い連中にとっちゃ、サコ・バンゴだって美味いビスケットだろうな!」ズュロ同志が言った。
こうした、空港という場での大いに愉快なやりとりの後、ローマへ飛ぶ時間がやってきた。クレオパトラには空路であれ陸路であれ初めての海外旅行だった。我々は彼女の出国手続きを手伝う羽目になった。
機内には十人もいなかった。中国へ向かうサコ・バンゴも合わせて四人が我々アルバニア人で、六人は外国人、殆どが外交官だったが、友好国ないしマルクス・レーニン主義国の訪問客もいたかも知れない。
ズュロ同志はまだ飛行機に乗り込まない内に後ろを振り返り、搭乗客たちに目をやった。そして溜め息をついた:
「少ないな!修正主義の帰結だよ。もしも現代修正主義が発生せず、社会主義陣営がスターリン時代のように団結していたら、この飛行機だって、なあデムカ、ぎっしり一杯だったろうにな。人々が飛ぶ先はモスクワ、ベルリン、ワルシャワ、プラハ、ブダペスト、ブカレスト、ソフィア・・・それだけじゃないぞ。門戸を開かざるを得なくなるのはパリ、ローマ、ボン、マドリード、アテネ、ベオグラード、ブリュッセル、バルセロナ、ウイーン、チューリッヒ、ストックホルム、コペンハーゲン、アムステルダム、オスロ、ヘルシンキ、あとは何処だっけな」
「それいい!」とクレオパトラが、まるで本当にズュロ同志が例に挙げた首都への路線が開通して、残るは自分が飛行機の券を手にして出発するばかりであるかのように、手をパチパチ叩いた。
「いや、マニーロフの夢[訳註;ゴーゴリ『死せる魂』に登場する地主マニーロフの夢想。実現不可能な空想の比喩]みたいなものさ!憶えてるかね、デムカ、あのゴーゴリのマニーロフが夢見てるようなものさ、階段を上って庭と池を眺めてただろう?自分の家から村までトンネルを開こうだの、石橋を建てようだの、その両側に店があって、その店の中では店主たちが村人に必要な商品をいろいろ売ればいいのに、だのと言って・・・」
[訳註;岩波文庫版『死せる魂』第2章に次のような場面がある:「時おり彼はポーチの上から庭や池を眺めながら、ひとつ地下道をつくって家から真直ぐに行かれるようにしたらいいとか、池の上に石橋を架けて、その両側に屋台店をひらき、そこへ商人を坐らせて、百姓に入用な細々した雑貨でも売らせるようにしたら素敵だなどと言ったりする。」(平井肇訳)]
そうズュロ同志は言い、それから自分のカバンを取り、中を開くと三通の封筒を取り出した:
「これは私ので、こっちの二通は君のだ。小遣いが入ってる、文字通りちょっとした用足しに使う金[訳註;原語では「ポケットの金」]だからね:タバコに、コーヒーに、チューインガム。一日につき二ドル半だ。コンゴでの滞在は十日間だよ」
「二十五ドルで何が買えるの?」クレオパトラが訊いてきた。私は哀れむように彼女を見た。
コンゴ人民共和国[訳註;1970~1991年の国名]のブラザヴィルに降り立ったのは夜だった。耐え難いほどの蒸し暑さだった。我が一団は芸術家グループのようなものではなく真面目な政府代表団なのだから余りデコルテを開いたままにしないように、とズュロ同志が言って聞かせておいたにもかかわらず、クレオパトラはその胸元を二つの乳首が出そうなところまで、そして背中をスズメバチのように細い腰の辺りまで露出させていた。その挑発的なデコルテは、私もズュロ同志も目にしたことがないものだった、ティラナの空港でも、ローマの空港でもだ。飛行機の中でも、彼女のデコルテは我々のぼんやりした目を輝かせなかった。それというのも、クレオパトラはブラザヴィルに着くまで両肩から大きな黒のショールを羽織っていて、それが絹の赤いワンピースにぴったり似合っていたからだ。ズュロ同志に言わせれば、クレオパトラの身体には民族的な面と美的な面-目の覚めるような黒と赤が調和している。ところがブラザヴィルの空港ではその調和が崩壊していたのだ。
「あんな半裸で出てくるとはどういうことだ、まるでうちの代表団が軽薄家[訳註;原語shosharの原義は「篩」]の一団みたいじゃないか?あの黒いショールを羽織れって言ってやれよ!」とズュロ同志が私に耳打ちした。
「せめて公式の歓迎会が済むまでの間はだ。それでホテルでは、ワンピースなしで出歩きたいならそうすればいいさ、黒人女たちみたいに」
私はクレオパトラの耳元に口を寄せると、電報のごとくズュロ同志の指示を伝えた。
「私だってどうしようもないのよ、だってこの代表団に女子は私だけなんだから、もし全員女性だったならワンピースだって脱ぐわよ!でも取り敢えず今は着るわ、アフリカの火に焼かれないうちにね」とクレオパトラは不満げに言った。
飛行機のタラップを降りていく途中、目に入ったのは背の高い黒人たちの列で、民族衣装を着込み、上着の胸元を留め、首にはネクタイをしていた。ズュロ同志がクレオパトラに刺すような視線を向けたので、彼女は痛みを覚え、胸元に手をやった。まさにその胸元に視線が刺さった。その視線と共にズュロ同志はこう言っているようだった:我々を出迎えるこのコンゴの男たちは何故、首や胸を露わにしないのだろうな;もしかしてこの連中は身体のそういう部分が、お前さんのよりも醜いのではないかな?
出迎えに来ていたのはコンゴの文化相と部局長が三人、その他の職員が四、五人だった。それに在コンゴの中国大使もいた。彼らは温かく我々を案内し、空港の建物内の待合室まで連れて行ってくれた。上座にはズュロ同志とクレオパトラを座らせたが、クレオパトラに至っては大臣が自分の傍らに座らせて、時折その視線は彼女の広大な胸元へと降りていくのだった。しかも大臣はそれを堂々とやっていて、まるで普段通りのことをするような、それこそクレオパトラの乳首が、手に取って食べられる二粒のピーナッツででもあるかのようだった。会話の最中も、コンゴ文化の進展の困難さを語りつつ、ズュロではなくクレオパトラの方を向いているのだった。
「デムカ、君が私を紹介してくれた時、こいつわかってなかったんじゃないか?クレオパトラのことを代表団の代表だと思ってるんじゃないのか?」とズュロ同志がゆっくり言った。
その誤解を取り除こうと、私が何度か間に入っては文化相に向かって、我らが代表であるズュロ同志にこそ、文化の顕現に対するあれやこれやの見解があることを示したのだが、文化相はまたもクレオパトラと話していて、クレオパトラの方はと言えば、何一つわかっていないまま微笑み、首を振っているのだった。こうしたコンゴ文化相の態度が中国大使の気に喰わないことは明らかだったが、それでも中国人たちは、苛立ちを顔には出さないのだった。
小一時間ほど後、私たちはコンゴ高官や中国大使と別れた。案内人は私たちをブラザヴィルで一番大きなホテル「オリンピック・パレス」まで引率してくれた。そこで私たちに割り当てられた部屋は、実際のところ集合住宅のようなものだった。その三部屋は、それこそ何かあればすぐ互いの耳に届きそうなぐらい隣同士で、それぞれのドアを叩けば済むのだった。案内人曰く、それぞれの部屋で必要な用を足したら、レストランに下り、食事をしたら、サインすればいいとのこと。それで済むという。明日は朝十時に来て、コンゴ滞在中の予定に取り掛かるとのことだった。
2.
夕食の後、我々はめいめいの部屋に上がった。空調が効いていて涼しかった。私は眠れなくて、自分の歩幅で広々とした部屋の面積を測った。持ってきた本を引っ張り出したが、読む気にはならず、ティラナの夜明けからブラザヴィルでの忍び寄る暗闇に至るまで、一日の流れ[訳註:原語harkは「円弧」]に思いを巡らすのだった。歩幅で面積を測り、そして思いに耽りながらも、部屋の壁から目を逸らせなかった。目が止まった時、私は悪寒を覚えた。そこは青白い小さなトカゲで覆われていて、走り回ったり、動きを止めたり、狩りの態勢で待ち構えたりしていた。四方の壁をこの小さな化け物どもが動き回っているのに、どうしてベッドで眠れるというんだ?気分が悪くて、顔を洗おうとバスルームに行った。そこで私は更に衝撃を受けた[訳註;原語pataksはギリシア語πατάσσω(打つ、叩く)からの借用語]。洗面台には、コルチャの連中が肉から作るあのクルナツカ[訳註:kërnackëは挽肉を細長く丸めて焼いたコルチャの郷土料理]のように丸々と太った、真っ黒なゴキブリが溢れ返っていたのだ。まさにその時、ドアを激しくノックする音が聞こえた。それはクレオパトラで、薄い夜着一枚で、胸にブラジャー[訳註;原語sutjenëは仏語soutien-gorge(胸当て)からの借用]を当てていた。彼女は泣きながら、自身に迫る何かしら悪しきものから身を隠そうとするように、私の胸に飛び込んできた。
「いや、いや!あんなところで眠れやしない。食べられちゃうわ。何で私ったら、アデムをティラナに放ったらかしてこんなコンゴになんか来てしまったのかしら。ここにいたら食べられるぞってアデムが言った通りよ」
「落ち着いて、クレオパトラ、落ち着いて!」私はそう言いながら彼女を椅子に座らせた、長く胸に抱いていられなかったからだが、彼女が重かったせいではない、もし急にズュロ同志が入ってきたら、よこしまなことを思いつくのではないかと恐れたからだ。
「いや!部屋に入りたくない。トカゲにゴキブリが朝までいるんじゃ、私なんにもできやしない!」
とクレオパトラは嘆きながらも、勢いよく長広舌を振るった。
「服を着ておいで、それからズュロ同志に相談してみようじゃないか」私は懇願した。
「食べられちゃうわ私!ここから動きたくない。ワンピース取ってきてよ」と両手で目を覆ったまま彼女は言った。
私は出ていって、赤いワンピースと一緒に黒い肩掛けショールを持ってきた。彼女がそれを身につけるのを待って、それからズュロ同志のところへ行った。
クレオパトラが廊下で私の腕を引っ張った:
「デムカ、あなた私をズュロ同志の部屋に連れて行って寝させるつもり?」
「ええ・・・」私は言いかけたが、彼女がそこに割り込んだ。
「私そんなのしないわよ!話が広まるわ。噂になるでしょ」
「誰が噂するんだよ、コンゴ人かい?このホテルにはコンゴ人なんか一人もいないぜ、そんな余裕ないし[訳註;逐語訳は「彼らはポケットが保てない」]」私は特に考えもせず機械的にそう言った。
私と彼女はズュロ同志の部屋をノックした。
ズュロ同志はテーブルに着いて、黒表紙のノートに何か書いているところだった。パジャマ姿だった。頭には緑のタオルを巻いていて、まるでテッケのババのようだった[訳註;テッケ(teqe)はベクタシ派の修道院、ババ(baba)はその宗教指導者の称号]。中に入ると、ズュロ同志はその場から動かず、振り向きもしなかった。しかもドアには鍵も掛けていなかったが、それは彼が仕事を中断したくなく、ドアを開けに立ち上がりたくもないからだった。何処であれ、今いるのがどんな場所であれ、どんな国であれ大陸であれ、彼は活力に満ち溢れて創造的活動を続けるのだろう。
「いよう、座りたまえよ、デムカにクレオパトラ!このくだりを書き終わるまで待ってくれ!」と言いながら彼はずっと、テーブルから目を上げもしなかった。
私とクレオパトラは黙って椅子に座ったまま、ズュロ同志が紙に思考を注ぎ込むまで待っていた。きっとアフリカに関するメモを残しているのだろう。
「いようデムカ!」と彼は繰り返し、そして万年筆をノートの上に置いた。
「驚いたな!君は外国のホテルでも書くことを厭わないのか」と私は言った。
ズュロ同志はタオルを巻いた頭のまま私と彼女の方を向き、微笑んで、ノートから万年筆を取り上げ、表紙を閉じると、それでテーブルの上をコツコツ叩き始めた。
「デムカ、それにクレオパトラ」彼は言った。「私に『厭う』などという言葉はないよ。私はどんな外国でも、どんな町でも首都でも、ティラナにいるのと同じように書くさ。国から外へ出た最初の時は、外国のホテルで書くのには苦労した。それで私は自分自身に目標を立てた、外国の町や首都のホテルを屈服させようとね;モスクワであれ、パリであれ、ウィーンであれ、ブダペシュトであれ、アテネであれ、打ち負かして屈服させるのだと・・・そして自分の仕事についてはティラナの時のように、当たり前のことにするのだとね。私はねデムカ、それにクレオパトラ、私が認める力はただ一つ、大文字のPで始まる、労働[訳註;アルバニアではpunë]という名の万能の力なのだよ。この万能の力があればこそ、私はパリを打ち負かしたし、ここ暗黒大陸のコンゴのブラザヴィルだって打ち負かせないことはないのさ!」そしてズュロ同志は溜め息をついた。「そら、君たちが見ているこれは、アフリカの民間伝承、特に靴を失くした少女、または少年を題材にした民話について書いたメモだよ。我々ヨーロッパの民話、灰かぶり[訳註;原語hirushkaはhir(灰)+女性名詞の指小辞。要するに「シンデレラ」]の話では、靴を失くすのは主人公の女の子だけだが、アフリカの民話では、主役のオニというのがいて、男の子も靴を失くすんだ!・・・そしてこれこそがだ、デムカ、ブルジョア学者の誰一人として気付いていないことなんだよ!君はヂビレト・ヂビレトフに何を期待するのかね・・・そして彼は立ち上がり、頭のタオルを外した。
[訳註;原語Xhibilet-Xhibiletovはxhibiletをもじった架空の人名。元のトルコ語cibilliyet(素養、品性)が皮肉や否定的な意味を持つので、さしずめ「上品田 上品之助」。]
私は、トカゲで覆われた部屋の壁に目をやった。私の背後でクレオパトラが身をよじらせていた。
「君のところの方がトカゲが多いぞ!」私は言った。
ズュロ同志はオペラの一節を口ずさみ始めた。そしてそれを途中で止めると、こう言った:
「このトカゲたちはねデムカ、それにクレオパトラ、壁を這い回り上ったり下りたりしては、たまに天井にしがみついたりもするが、アフリカのホテルじゃ最も有益な生物さ、蚊や蠅や、或いは黒いゴキブリを狩ってくれるんだからね;例えるならバルカンで鼠を捕まえるために飼われている猫みたいなものさ;ネズミ捕りにも似ている、だから我々はこいつらを生ける虫捕りと呼んでもいい。[訳註;ここまで「ゴキブリ」を指す語は三度出ているが、デムカの発話ではbubazhel、クレオパトラはkacabu、ズュロはbubuzhelと全て異なっている。一つ目は恐らくbubuzhelの異形で、一般的なゴキブリ(学名Blatta orientalis)を指す語はkacabu。なおbubuzhelはヒジリタマオシコガネ(学名Scarabaeus sacer)、通称・フンコロガシを指すこともある]アフリカではね、デムカ、我々を驚かせるのはワニや象やカバやライオンや虎やシマウマや、或いは首の長いキリンばかりではないよ;アフリカで我々を驚かせるのは、物語の中に出てくるような木々ばかりではない、この小さな生き物たち、家々や部屋や、ホテルのバーやホールの壁を駆け回るこのトカゲたちにも驚嘆させられるのさ。もし一瞬でもこの生き物たちがパリの何処かのホテルの壁に姿を現わしでもしたら、パリっ子たちは恐れおののき、悲鳴を上げ、パンツとシャツ姿で階段を駆け下りるだろうな・・・だがここアフリカの、この酷暑と豪雨と恐るべき旱魃の大陸にあるホテルでなら、このトカゲたちには最も臆病なヨーロッパ人でさえ順応するものさ。このトカゲたちもまた、アフリカ文化の指標、本源的な生活文化の指標なんだ。アフリカ文化の外の形式で建てられた、この現代的な同時代のホテルでさえ、その内容においては、アフリカの民族的要素に裏打ちされている。こうしたアフリカの生きた民族的要素の一つが、ホテルの環境の中での生活様式の文化にトカゲたちが加わってくることなんだよ。ここにこそ、アフリカ文化とヨーロッパ文化の関係性がある:一方には、ヨーロッパ文化によって建てられた現代的なホテル、また一方には、アフリカの生活様式文化の小さなトカゲたちだ。この関係性が、ぼんやり屋[訳註;原語guhakはキジバト、モリバトだが、注意散漫な人の比喩にも用いられる]のヂビレト・ヂビレトフに見出せるだろうかね、修正主義の教義の翼で枝から枝へと跳び回ることなしにだよ[訳註;ズュロは、ブルジョア学者のイデオロギー的な動揺を、落ち着きのない鳥の動きに喩えている]。それどころか、私が思うにヂビレト・ヂビレトフなら、自身の発表でプーシキンその人のことさえ口に出さないだろう;このロシアの詩人という樫の大木の、その根っこはアフリカにあるというのに[訳註;プーシキンの母方の曾祖父はアフリカ出身の黒人奴隷で、後に軍人になった。アフリカの何処の出身かについては諸説あり]。そこで私は、トカゲたちから始めて、種の進化や変異に関わる、何か他のことを論じるつもりだ。この部屋の壁を軽やかに上り下りする、このトカゲもかつてはここ、「オリンピック・パレス」と呼ばれるこのホテルと同じ大きさの生き物で、恐竜という名を持っていた。かつてその恐竜は、蚊ではなく水牛さえ捕えることができたんだ・・・」
「ズュロ同志!恐竜が生きていた頃に水牛は存在していなかった。どんな哺乳類だって存在しなかったんだよ!」私は言った。
「まあまあ、待ちたまえ!水牛は確かに存在しなかったが、最初の哺乳類は生まれたばかりで、しばらくは恐竜と共存していたんだよ。そしてその最初の哺乳類こそデムカ、それは君が想像もしていないものだ、鼠だったのさ、君が馬鹿にする、あのちび鼠だよ!その乳首のある小さい奴が、巨大な恐竜を消し去ったんだ!その腹の中に入って、そこに巣を作って、ガリガリとね、キビ粒ほどの小さな歯で、徐々に、じっくりと、恐竜というその紙凧[訳註;原語katanaは紙製の凧だが、「図体だけ大きくて中身がないもの」の比喩]を、トカゲへと変えてしまったんだ。今しがたその壁の小動物が蠅を捕ったのを見たかい?かつては恐竜だった奴をだぜ・・・」
ズュロ同志は我々に夜っぴて進化論を説き続けた、パジャマ姿のままで、我々の悩みが何か、我々が何に困っているのかには気付きもせずにだ。だが話を遮るわけにもいかなかった、本人が休もうとしなかったからだ。まさしく解説機械だった。彼はどんな現象だって最後まで説明せずにはおかないのだ。
どんな瞬間にも思考と知識が溢れ出す、彼は枯れることなどない泉だからだ。彼の頭は思考で埋め尽くされていた。そして自身を思考の子だとか議論の子だと言うのだった。アフリカというこの、巨人にも等しい規模の大皿さえ、彼の思考で一杯になり、入りきれない分は溢れ出すのだ!
「眠れないだって?嗚呼、アフリカの夜だね!この熱気さえあれば、詩人はアフリカの夜について何かしら書くだろうね。実際この夜は、ちっぽけなゴキブリたちから、象やカバやキリンやレイヨウや或いはサイに至るまで生きとし生けるものたちで埋め尽くされている;マッチ棒ほどのトカゲから、家の梁ほどのワニに至るまで・・・埋め尽くされているんだ、このアフリカの夜はね、なあ、クレオパトラ、びっしりとね!」
だがクレオパトラはというと、トカゲについての話を聞いているうちに、顔に両掌をやり、わっと泣き出した。ズュロ同志は、アフリカの夜をめぐる抒情的にして哀愁を帯びた自身の演説が彼女の心に触れたのだと思った。「嗚呼、これだから女たちは!」彼は言った。「もっと単純な抒情的な演説にさえ感動するんだよ。私は泣くようなことなんか何も言ってないぞ!」
「こんなアフリカの夜なんて私、トカゲだらけの部屋でなんか寝られやしない!」クレオパトラはそう言って顔から両掌を離したが、視線はズュロ同志の部屋の、トカゲどもが走り回る壁に向けられていた。
ズュロ同志は私にもの思い気な視線を向けた、それはこう問いかけているようだった:この女、どうしたらいい?
「で、何処まで話したっけ?アフリカの家のトカゲなんてバルカンの家の猫みたいなものだ。ここではトカゲが蠅を捕まえる。何でトカゲを怖がるんだ、歯をしごく爪楊枝みたいなもんじゃないか?」とズュロ同志は言った。
「ごまかさないで[訳註;逐語訳は「私に考えを満たさないで」]!あなたは理屈でもって不安を遠ざけてるのよ。不安をかき消すために理屈を利用してるのよ、猫を使うのは鼠捕りのためだの、トカゲは蠅を飲み込むためだの。だからあなたには不安がないのよ」とげとげしい声をズュロ同志目がけて張り上げた。
ズュロ同志は逃げ場を失った[訳註;逐語訳は「人質になった」]。椅子に釘付けにされたままになった。理論と不安をめぐるクレオパトラのような発言は聞いたことがなかった、それも女の口からだけではない、男からさえ一度もなかった。ズュロ同志がクレオパトラを見出すには、アフリカが必要だったのだ[訳註;アフリカで初めて彼女の本性を知ったぐらいの意味]。
「私、部屋じゃ寝られない。もう嫌!」彼女は言った。
ズュロ同志は万年筆で机をコツコツ叩き、しばらく黙り込んだ。
「じゃあ何処で寝る?」
「あなたとよ!このテーブルの上で!」
ああ、この女に何て言ったらいい?男と一緒の部屋に寝たいという、そんな女がどうやったら見つかるのだ、それも私という別の男がいる場所でそんな願望を口にするとは!そんな願望をこの女なら、二人きりでもズュロ同志に言ってのけることだろう。そんなことを-親密なひとときにだ。実際、困難な状況に追い込まれたのは私もだし、ズュロ同志もだった。
「そういう感じの冗談を言わないでくれ!」ズュロ同志はふんと鼻を鳴らした。
「冗談なんて私、言ってないわ。私はこの部屋から動かないわよ。ここでトカゲたちと男たちに囲まれて夜を明かすつもりよ」クレオパトラは食い下がった。
[訳註;ここまでデムカとズュロがhardhuckëと呼んでいる「トカゲ」を、クレオパトラはzhapiと呼んでいる。前者が主にカベカナヘビ(Lacerta muralis)、後者はミドリカナヘビ(Lacerta viridis)を指しているが、後者はスラヴ語に由来する(例えばロシア語のжаба(カエル))ものの、恐らく厳密な使い分けがあるわけではない。ヤモリ(geko)を指している可能もあるが、ひとまず「トカゲ」で統一する。ちなみにhardhuckë uji(水トカゲ)はイモリを指す]
いやいや、ここアフリカはバルカンの女たちを狂わせるのだな、そう考えたズュロ同志は、思わず知らず立ち上がり、アフリカならではの規模で笑い声を上げた。
3.
さんざん揉めた挙げ句、我々は最終的にクレオパトラをズュロ同志の部屋で寝させることになった、ただしズュロ同志が出してきた次の条件を満たした上でだが:
第一に、部屋では三名で寝ること:ズュロ同志、クレオパトラ、そして私だ。
第二に、クレオパトラはトカゲたちが上ったり下りたりしている壁と接触しないよう、部屋の真ん中のテーブルの上で寝ること。実のところ、これはクレオパトラの要求だった。
第三に、クレオパトラがテーブルの上で寝る時は薄い夜着ではなく、上下パジャマで、寝ているところを見られた場合も、身体につけた下着が見えないようにすること。なお、彼女はパジャマの上下を持参していないので、ズュロ同志が二着持っている分から貸すこと。
第四に、朝の起床は六時とする、というのもコンゴ人たちに三人が一室で寝ているところを見られてはならないからであり、あらぬ誤解を受けて我が代表団が笑いものにならないためであった。
「あと、トカゲが怖いだなんてコンゴ人たちに言うなよ!」とクレオパトラにズュロ同志はぴしゃりと注文をつけた。
「ええ、コンゴ人とのそんな細かいところまで私と何の関係があるのよ?」
ズュロ同志の目元に翳がさした。
「今晩コンゴの文化相とべたべたしていたのが、細かいところじゃないとでも?」
「え、私が何したっていうの?」クレオパトラが訊ねた。
「ふん!自分の胸元の細かいところを見せびらかしてただろ。何したって、そういうことさ!」ズュロ同志はとどめの一撃を与えた。
[訳註;原語hollësiには「細かいこと」「些細なこと」の他に「(服地が)薄いこと」の意味もある]
クレオパトラは殆ど涙を流さんばかりになっていた。
「だったらどうすればいいの?文化相に両手で目隠しして、私の胸を見せないようにしろとでも?」
「文化相の目じゃなくて君の胸を隠せばいいだろ!」ズュロ同志が大声を上げて叱責した。
クレオパトラはすっかり腹を立て、高校生のように泣き出し、それから目をこすりこすり、途切れ途切れにこう言った。
「奥さんの妹みたいな𠮟り方するのね」
「妹どころか国の代表だろ!」ズュロ同志は叫んだ[訳註;原語teshtijは「くしゃみをする」]。
私は爆笑してしまった。ズュロ同志は私に権威に満ちた視線を向けた:
「デムカ!」
かくして壁のトカゲを原因とする我々の協議は終結した。そして私とクレオパトラは各々の部屋まで掛布団とシーツと枕を取りに行った。
「ねえ、何て嫌な人なのかしら?何もあんなに怒ることないじゃない!私とコンゴの文化相を一緒くたにして、まるで私があの人に悪戯してたみたいに!もう嫌だわ!」ズュロ同志の部屋へ服を運ぶ途中の廊下で、クレオパトラは不満をまくしたてた。
「何にせよ、少しは気を付けないと!」私は曖昧に言った。
ズュロ同志はテーブルを部屋の真ん中に置くと、その上に黄色い縞の入った青いパジャマ、クレオパトラの着るパジャマをたたんでいた。一見すると、精神的に落ち込んで、ぼんやりしているようだった。まるで記憶をなくした人間のような動きだった。例を挙げると、クレオパトラが寝るテーブルの上に、立ったまま、アディラが綺麗にアイロンがけしてくれた黒い男性用のパンツと、赤いネクタイと、鼻をかむハンカチを置いていたりするのだった。
「寝る支度をしなければ」と彼は言った。「明日は早いからな」
クレオパトラは長椅子の上に服を置き、私は掛布団とシーツを、別室の壁際の子供用の小さなベッドに置いた。ズュロ同志の部屋には、女性用の強い香水の刺激的な匂いが充満していた。その匂いは私よりも、ズュロ同志にとって急速に刺激的なものだった。ズュロ同志は鼻で深く息を吸い込むと、天井に顔を向け、壁の辺りをきょろきょろ見回した。
「いやはや!何という作用だ!この香水でトカゲたちもやられてるぞ!」
私とクレオパトラはすぐさま壁に目をやり、二度とないほどの驚きに見舞われた。なるほど確かにトカゲたちはやられていた。互いにぶつかりながら走り回っていた;互いに頭を突き合わせて集合し、命令でもあったかのように離散し、それから再び集合するのだった。その動きの中から、何かしら這い廻る生物か、或いは何かしら大きな昆虫が動く時の、藁の中から這い出るような、くぐもったカサカサとしたざわめきが姿を現した。
「そら、君の香水のせいでどうなったね?頭の中に組織化された物質、脳と言えばいいかな、それを持たないトカゲたちを君は惑わせたんだぞ、空港で出迎えてくれたコンゴの文化相を惑わせるどころじゃないな!」ズュロ同志はクレオパトラの方を向いて言った。
「ズュロ同志ったら!」クレオパトラはトカゲの覚醒とズュロ同志の大声に怯えて声を上げた。
「わかった、わかった!いやまあしかし何て匂いだ!香水の瓶を開けっ放しにしてないだろうね、服に染み込んでいたらことだぞ!」そう言ってズュロ同志は、クレオパトラが服を置いている長椅子に目をやった。
クレオパトラが長椅子の上に重ねた服に手をやり、その辺りを探すと確かに中国製の香水の小瓶が開きっ放しになっていた、それは中国大使がアデム・アダシにくれたもの、彼女がサコ・バンゴ記者の眼前で粉々にしたあの花瓶と一緒にくれたものだった。
「私のせいじゃないわよ!」[訳註;逐語訳は「私の手が乾きますように」だが、「さもなければ自分の手が干からびてもいい」という意味から転じて強い誓言を表す]彼女は瓶を見せてそう言った。
全く、クレオパトラの香水と、そして動き回るトカゲどもときたら!我々はズュロ同志の広い部屋にめいめい寝床を広げた。私は別室に、クレオパトラは部屋の入口に、そしてズュロ同志は自身の場所に。クレオパトラが、寝る前にシャワーを浴びなければと言った。
「私のパジャマも持っていきなさい!」ズュロ同志は命じた。
クレオパトラがパジャマを取ろうとした時、ズュロ同志の黒いパンツが目に入った。
「で、これも使わなきゃいけないの?」クレオパトラはズュロ同志の黒いパンツを見せて、「履く」の代わりに「使う」の語を口にした。
「持っていきなさい、ほら、それはこっちだ!」ズュロ同志が声を上げた、まるで自分がそれをテーブルの上に置いたのではなく、クレオパトラに奪われでもしたかのように。
彼女が自分でパジャマを手にして浴室に入ると、ズュロ同志は私に、廊下から浴室に通じるドアを閉めるよう指示してきた。
「あのイカれた女の身体の上を流れる水の、ザアザアいう音を聞きたくないんだ!」と言ったのも彼らしくなかった、というのも普段の彼なら女性に対してそんな厳しい言葉を使ったりしないからだ。
しばらくすると、浴室からクレオパトラの金切り声が聞こえてきた:
「いや、いやあ!真っ黒い、ゴキブリが!うわ、うわあ!緑色のトカゲが!」
そしてズュロ同志の部屋から浴室に続く廊下に大音響が鳴り渡った。どうやら香水の瓶が割れて、石鹸入れが落ちたらしい。
「ドアをちゃんと閉めといた方がいい、でなきゃ裸で俺たちの前に飛び出してくるぞ」ズュロ同志が言った。
そうこうする内に部屋に入ってきたクレオパトラは、ズュロ同志のパジャマを着こんでいたが、髪はぼさぼさ、水気も拭ききれておらず、唇はかさかさで、睫毛も眉も手入れされていなかった。
「あんなとんでもない光景の浴室から出てくるなんて、人生で初めてだわ!」と彼女は言った。
[訳註;原語では「悪鬼(lugat)のいる光景」]
「アデム・アダシも、君のそんな格好は見たことがないだろうね」と私も、滅多に言わないことを言った。
「そうね、あなたは見てるわけねデムカ、このアフリカで!」彼女はそう言うと躊躇うことなくテーブルに横たわり、枕を頭の下に置き、掛布団を上にかけた。
我々が灯りを消し、眠ろうと横になると、クレオパトラが頭を上げ、こう叫んだ:
「灯りを消さないで!真っ暗なところにトカゲがいるのって怖いのよ!」
つまり我々に灯りをつけたまま寝ろということだ。
とはいえその灯りも、眠気が我々の目に流れ込み、我々を眠りの波で押し流すことを妨げるほどのものではなかった。我々は一日くたくたで、既に眠気を感じていた。ズュロ同志が真っ先に眠りに押し流された。彼は不思議なことに、いびきをかかなかった。次に陥落したのはクレオパトラで、三度唸って、右手を一回動かしただけだった。最後が私で、眠りに落ちるまでひとしきりゼネペのことを思い浮かべていた。そして私は身震いしたのだ。クレオパトラは発表の原稿を家に置いてきたのではなかろうか?とそんな疑念に駆られたのも、彼女がその日、アフリカ会議でするはずの発表について話しているのを一度も聞いていないからだ。女たちというのは、何かしら議論なり発表なりをすることになった時は、普通なら感情的になり、うるさいと思うほどそのことばかり話すものだ。ところがクレオパトラときたら何も考えちゃいない!感情的でない女だっていると言われたって信じられない。いやトカゲを怖がるくせに感情がないとでも?いや、そんな馬鹿な!あれは原稿を忘れたのだ!誰が辛抱してもう一度書いてなどやるものか!
そんなことをあれこれ考え悩む内に、ようやく目を閉じた。ところが子供用の小さなベッドに苛まれ、一時間もしないで目が覚めた。私は起き上がった。ズュロ同志も、そしてクレオパトラも、深い眠りに沈んでいた。それで私は掛布団と枕を持って、自分の部屋に行って人らしく寝ようと考えた。この二人ときたら、感じないものは感じないのだ。どうせ早起きして、また子供用ベッドに戻ればいい・・・
こっそりと、まるでこそ泥のように私は掛布団と枕を手に、つま先立ちでズュロ同志の部屋の中を横切り、かすかな音を立ててドアを開け、自分の部屋へと向かった。私にとってトカゲなどどうでもよかった!身を伸ばし、何もかもから遠く離れて眠れればそれで充分だった。
私は自分のベッドに、死んだように身を投じた。猿やサイや、ワニやトカゲ、それらも含めてアフリカ中が霧の中へと消えて行った。
しかし私の幸せは続かなかった。部屋のドアに雷鳴が轟いた。私はまどろむベッドから飛び起きた。ドアのところにズュロ同志が、ぼさぼさの髪とパジャマ姿で立っていた:
「この裏切者の!恥知らずの!ユダめ!」と彼が叫んだ。
「ズュロ同志!」私はしどろもどろになった。
「何とか言ってみろ、このうすのろ同志め!これはまた何てことしてくれたんだろうな、この不実屋は?何だってまあ自分だけ逃げ出して、俺を女と一緒に閉じ込めようなんて気になるんだろうな?花婿なのかい俺は?まあそれだったら花嫁花婿を新婚初夜に閉じ込めもするな、えいこの恩知らず!」そう叫んでズュロ同志は私の掛布団と枕を強引に取り上げた。
[訳註;「うすのろ」と訳した原語leshkoは「騙されやすい人、カモ」或いは「ぼんやりした人、自分のしていることが理解できない人」。「不実屋」と訳したfaqeziは直訳すると「黒い面」で、「不誠実な人、裏切者」を指す。ちなみに本文で「裏切者」と訳した語はアルバニア語本来のtradhtarでなく仏語déserteurに由来するdezertorで、本来の意味は「脱走兵」。先述の「ユダ」も含めてひたすら悪罵が続く]
私は責任の重みを感じ、そして自分の顔がまるで発表のために用意した紙のように真っ白になっているのを感じた。
「そら!これを持って行くんだ、そして二度と俺に恥をかかすんじゃないぞ!」ズュロ同志は私の胸元に掛布団と枕を突き付けた。
[訳註;後半の逐語訳は「私がお前の目を見ないように」だが、「二度を顔を見せるな」「出て行け」等の強い非難]
私は寝具[訳註;原語plaçkëは「戦利品」転じて「身の回りの品」]を受け取り、再びクレオパトラの眠る場所へと歩き出した。ところが歩きながら振り返ると、廊下には、私の後をついてくるズュロ同志の姿がなかった。私は引き返した。ズュロ同志は私のベッドの上で仰向けに横たわっていた。
「ズュロ同志!」私は声を上げた。
「行け、行けったら!俺だって君みたいに、ちょっとばかりのひと眠りというわけさ」そう言ってズュロ同志は、ベッドから動こうとしなかった。
「行けったら、デムカ。俺は眠いんだ。眠れ、そしてアントニウスの例に倣うことなかれ!『アントニウスとクレオパトラ』の悲劇は知ってるだろう?なあおいデムカ、君はアントニウスにはなれないし、俺はカエサルになれない、そしてクレオパトラもクレオパトラではない。アントニウスも、クレオパトラも、カエサルも、トカゲに怯えたりはしない!」ズュロ同志はそベッドに仰向けになったまま呟いた。
そして彼は眠りに落ちた。