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イスマイル・カダレ 『大いなる孤独の冬』

第5部 対立する国と国
[訳註;旧版では「国家と超国家」]

1
 マルクは「ラジオ・テレビ修理店」に、罪悪感を覚えつつ入っていった。四日前、最近調子が悪くなっていた一台きりのラジオをここへ持ち込んでいたのだ。雑音は入るし、音は割れるし、たびたび音も出なくなった。何だって今この時期に壊れるかねえ、とヌリハンは言っていた。他ならぬヌリハン自身も病気だった。息をするのも苦しくて、寝つけなかった。[訳註;旧版ではここで、故障したラジオがフィリップス社の1936年製であり、四半世前のものだが機能してきたこと、しかし最近になって急に真空管のランプが暗くなり、「呼吸が弱まった」ことが書かれている。なおヌリハンは第1部と第3部にも登場。ザナのアパートの下階に、息子マルクと娘エミリアと一緒に住んでいる。]
 四日前と同じく、作業場の長机の上に置かれた何十個もの機械は、まるで狂人の群れのようだった。それらは雑音を発し、不意に声を上げ、ぶつぶつ言い、ヴヴヴと唸り、好き勝手に動いている。その中を、感じのいい青年が歩き回っていた。
 「フィリップス」を自転車に載せて通りに出た時、マルクは罪悪感を拭いきれなかった。誰かに呼び止められ、問いかけられるのではないかという気がしていた:どうしておたくのこのラジオは壊れたんですか?どうしてランプも音も部品も弱っているんですか?それも今のこんな時期に・・・そしてマルクは既に自答していた:僕たちは何もしていませんよ、僕たちはこれで全世界を聞いていただけです、コンサート、ティラナのニュース、リクエスト番組、音楽、ベートーヴェン、リスト、バッハ、AFP・・・
 入口の門を開けながら、マルクはヌリハンの喜ぶ様を思い浮かべた。もう何日もうちはこれなしで何も聞けやしなかったのよ。もうちょっと時期を考えて欲しいものだわね。
 ところが家の中には、毎度おなじみのムサベリウの他に、ハヴァ・フォルトゥズィが夫を連れてきていた[訳註;ムサベリウはヌリハンの旧友で、エクレムとハヴァのフォルトゥズィ夫妻ともども第1部、第3部に登場]。ニュース満載で張り切っているらしい。ヌリハンは耳に手を当てて聴き入っている。ハヴァは、パシャリマンの潜水艦隊がスカンディナヴィア海峡[訳註;同半島(ノルウェー、スウェーデン側)とユトランド半島(デンマーク)との間のスカゲラク(Skagerrak)かカテガット(Kattegat)海峡、或いはその先のバルト海を指す]を通過した件を語って聞かせているところだった。彼女はそれを前の晩に聞いていた。西側のラジオでもテレビ局でも伝えられていた。世界中が、ソヴィエトの潜水艦がヴロラから出て行ったことに注目していた。前にティラナ、その後モスクワに行ったことのあるAFP記者のフランス人が、今はバルト海からニュースを送っていた。まあ何処にでもいるのね、何て運がいいのかしらこの記者ったら、とハヴァは言った。
「そうかい、そうかい」ヌリハンは耳に手を当てたまま、そう言った。一時間前に彼女はその話を全部、いや正確には大部分を、ムサベリウから聞かされていた;それにもかかわらず、初めて知ったような素振りだった。
 ムサベリウは、相変わらずこざっぱりとした身なりで、小さく生やした口髭は、その灰色のせいもあって、薄く霜が下りたようになっていたが、こちらもまた注意深く会話に聞き入っていた。上着から静かに垂れた金製の時計鎖が、彼の顔に浮かぶ笑みの永続性と何かしらの関係があるように見えた。
「もう艦隊はないんだ」エクレム・フォルトゥズィが言った。「もう全く残ってない。もうその件はいいだろ」
「そうなのかい?」ムサベリウはそう言って、相手の話の先を促した。
「ああ、そうとも。パシャリマンは彼らの誇りだったんだ。だが爪を抜かれた今、上陸への道が開かれたわけだ」
「本当に爪を抜かれたのだろうか?」
「もう潜水艦の半分しか残ってないらしい。もっとも、半分もあれば混乱を起こすには充分じゃないかな?」
「ロク・スィモニャクの店じゃ、摂政の紋章付きガウンが売れたらしいわよ」ヌリハンが話題を変えた。「こりゃ本当だろうかねえ?」
[訳註;ロク・スィモニャクは第3章に登場した骨董品店の店主。摂政の衣類についても同じ箇所で触れられている]
「確かだよ」エクレム・フォルトゥズィが言った。「たぶんみんな、もうすぐあの店で会うこともあるだろう。今度はロクで会いましょう、ってね。オペラのフィナーレっぽく聞こえないか?オールヴォワール・シェ・ロク![訳註;原文もフランス語“Au revoir chez Rrok! ”]
「あの店は一度も行ったことがないよ」ムサベリウが言った。必要がなかったからじゃないんだ、 ただ、自分のパジャマを人民劇場の舞台で目にするのは気に喰わないんでね。 [訳註;旧版ではムサベリウが、店にはたびたび行っているが品物を買ったことはない、と話し、ハヴァが、あの店で何も買わないのはムサベリウぐらいなものだ、と指摘している]
 一同は笑った。
「それは確かにそうね」エミリアが言った。「ブルジョア役の俳優が使う衣装って、劇場がロクのところから買っているのよ」
「その通り」ムサベリウが言った。「何時かの晩に、人民劇場の舞台で女優のネグリジェを見た時そうなんじゃないかと私も思ったよ、あれの名前は今ちょっと思い出せないが」
「あらあらムサベリウったら」ハヴァ・フォルトゥズィが笑いながら言った。「相変わらずのムサベリウね、そうそう」彼女は先程の件に話を戻したかったらしく、ひとしきり黙った後にため息をついた。「たぶんしばらくはまとまっているでしょうね:我々は友人同士なのだから、決裂することはない、って。私はね、本当のことを言うと不安なのよ。しばらくは何も変わらないと思うけど。でも、たぶん、鍋の中じゃぐらぐら煮えたぎっているんじゃないかしら」
「もうその件はいいだろ」エクレム・フォルトゥズィが言った。
「共産主義者の高官か誰かの奥さんがハンチェ・ハイディエ・ペザ・エ・マヅェ[訳註;第1部、第3部の会話でも登場した占い師]に占ってもらったらしいわよ」エミリアが言った。
「44年の11月と同じ話だわ」ハヴァ・フォルトゥズィが言った。
「まあいいさ、そんな話が何だい」そう言ってエクレム・フォルトゥズィは眉間に掌をやり、そこから何か切り離すような仕草をした。
「前にあの人があたしたちのことを何て占ったか知ってるでしょ?」ハヴァ・フォルトゥズィは続けた。「ヌリハン、あんたは知ってるわよね?」
 ヌリハンは『ええ』と言う風にうなづいた。
「うちで編んでるセーターのことよ」
「あんたは、あんたたちを没落させた連中のためにセーターを編むだろう、あの人は言っていたわ」
 エミリアは自分の指先を見つめていた。
「それで今よ、あの奥さん連中のことは何て言ってるのかしら?」ヌリハンが訊ねた。
「きっと同じことさ」エクレム・フォルトゥズィが言った。
「これからセーターの編み棒を手にすることになるであろう、とね」
「まああんたもお気の毒に、運が悪かったねえ。前にあの人に言われたことがそれだものねえ」
 ハヴァ・フォルトゥズィは深く溜め息をついた。
 マルクの頭に浮かんだのはザナのことだった。どんな状況であっても、彼女がセーターの編み棒を手にしている姿は想像できなかった。あの日から(あの一日・・・いやあれは一日ではない、何か切れ端のような、首のない、荒々しく切断された時間の断片だった)、そうあの日から、二人の間には一度の接近もなかった。マルクはずっと、ザナがベスニクと再びよりを戻したと思っていた。マルクは気分がくさくさしていた。朝になると彼の中には柔らかな妄想が膨らんでくるのだった:夜中に彼の部屋のドアが開き、寝着をまとったザナが戸口に立っている:マルク、心配かけてごめんなさい、もう私はあなたのものよ。だが足元に残されたものはただ、自分が没落させられたことだけ、昔のあんたたちと同じだ、あんたと同じ・・・
「技師の大量出国は続いてるよ」エクレム・フォルトゥズィが言った。「空港は毎日混雑だ」
「ドゥラスじゃ高速フェリーが中国人を運んできてるんですって」ハヴァ・フォルトゥズィが言った。「今に路上も中国人でいっぱいになるわね」
「噂なんじゃないの」ヌリハンが言った。「最近そういう話が多いからね」
「西側のラジオじゃ、もうじきアルバニアは欧州のミニ中国になるんですって、そうよねママ?」とエミリアが、ヌリハンを見つめて言った
 ヌリハンは聴こえないふりをしていた、或いは本当に聴こえていなかったのかも知れない。
「そうかねえ、そんなこと言ったかねえ、ラジオがねえ」しばらくして彼女はそう言った。
「じゃあこれからは中国語を勉強しよう」エクレム・フォルトゥズィが言った。彼は刑務所でロシア語を勉強したことがあり、一時期アグロエクスポルトの文書の翻訳をしていた。[訳註;Agroeksportは社会主義時代の農産物輸出公社。旧「東欧」で販売されていた瓶詰野菜や飲料のラベルにその名を見ることができた]
 一同は笑った、ただヌリハンを除いて。彼女の顔に刻まれた皺は、一つまた一つと冗談が飛ぶ毎に、深く深くなっていくのだった。
「でもラジオ・ティラナは何も言ってないな」エクレム・フォルトゥズィが言った。
「それに新聞も」
「それに新聞も。一体いつまで続くんだろう、この沈黙は?」
 門を叩く音がした。エミリアが門を開けに立った。外で驚く声が聞こえてきた。
「ファイクさんよ」戻ってきたエミリアが言った。
「お医者さんの先生よ、奥さんも一緒に」
「どれどれ」そう言ってヌリハンは腰を浮かした。最初に入ってきたのは医師の方で、黒い服を身に着け、顔は青白く、髪は短く刈っていた。「まあまあこうしてお目にかかれるなんて」ヌリハンは言った。
「まあよかった、よかったですこと!いつこちらに?」
「昨日です」来客は鋭く言った。「刑期が済みましたので」[訳註;ここで「刑期」と訳したafatの基本的な意味は「期日、期限」等]
 彼はヌリハンたちが驚いていることに不満そうに、嘲笑わんばかりの視線を投げかけた。その目はまるで、こう言っているようだった:あんたたちは俺の刑期を忘れていたのか?と。妻の方は背が低く神経質そうで、ソファに腰を下ろした。
「でも私たち思ったんですよ、もしかしたら・・・刑務所が開放されたかもって」エミリアが言った。
「けい、き」と来客は役者のように繰り返した。「ただそれだけです」
 しばらく一同は押し黙った。
「私は申し上げておりましたよ」妻の方が言った。「この冬には夫は出てくると」
「思い出しましたよ」とヌリハンは言った。「今思い出しましたとも」
「でも私は言ったんですよ、もしかしたら・・・」とエミリアがまた言いかけた。
「私だって」ハヴァ・フォルトゥズィも言った。「思ったんですよ、状況が行き詰まったら早めにみんな釈放されるんじゃないかって」
 来客はヌリハンたちから顔を背け、唇を歪めた。
「それで、出て来られてどうですの?」ヌリハンがその来訪者に訊ねた。
 彼は肩をすくめた。
「刑務所と同じですよ」
 くだらない質問だということは分かっていた。その青白い顔と短く刈った髪が、彼女らには苦痛になり始めていた。
「で、あなた方は?」ファイクは訊ねた。
 ヌリハンたちは軽く息をついた。そして勢いよく、互いに入り乱れ喋り出した。罪悪感に苛まれ、彼女らは自分たちの苦労をまくし立てたのだ、悲哀を、苦痛を、その後の国有化を、迫害を、侮辱を、煩事を、そして喋れば喋るほど思えてくるのだ、相手は信じないだろうが、積み上げられていく不幸話の中で、自分たちが苦しみの中にその細部を見出し、不安を、恐怖を、病(恐らく不治の)を思い起こすことに懸命になれば、やがて、彼の獄中生活など自分たちの生活に比べれば十倍も幸せだったように思われる時が来るだろうと。
 彼女らの審判者たるファイクは、黙って話を聞いていた。短く刈ったその頭が、彼女らにとってはファイクの沈黙以上に苦痛だった。その絶望的なまでの短さほどに、15年という彼の獄中での時間を全うし得たものなど、他にはなかった。彼が首を振るたび、まるでこう言っているかのようだった:俺はお前たちのためにこうなったんだ。違うそれは私たちのためじゃない、と彼女らの目は言っていた。あんたは自分がすることをしただけじゃないか、そもそもあんた自身が勝つために。そりゃ勿論、あんたは私たちを助けてくれたさ、でもあんただって自分のためにそれをしたんだ、自分のために・・・そうやって刈り上げた頭を振るのはやめてちょうだい。
 彼が逮捕されたのは1945年春で、それは金貨[訳註;原語floriは単なる「金(ar)」とも「金塊」とも「金貨」とも訳せるが、以下、差し当たり「金貨」と訳しておく]を隠し持っていた連中に対する煽情的な裁判が行われていた時だった。新聞は毎日のように法廷内の供述を記事にした。若者らはみな熱に浮かされ、シャベルやスコップを手に界隈を縦断しては、かつての分限者たちの家々の地下室や庭や門の敷居に隠された金貨を探し回った。若者たちは行進しつつスローガンを叫び、新しい歌を唄った:
    前衛だ、前衛だ、
    貴様ら薄汚いブルジョアどもめ、
    今から行くぞ、さあ行くぞ・・・
 ファイクは金貨を持っていなかったにもかかわらず、一週間にもわたり、当時の或る新聞が名付けた、所謂「金貨裁判」の主犯格とされた。その公判は煽情的なものだった。数百人が大挙して、裁判が行われている旅団映画館の入口に列を成した。彼は逮捕され、数十キロの金貨を国外へ持ち出そうとした罪に問われた。その持ち出しは恐るべき手段をもって行われた:人体を用いたのだ。彼は軍病院の検死医で、その病棟の一つはイタリア人捕虜に割り当てられており、その捕虜たちは重い病気のためにまだアルバニアに留まっていた。その多くは死亡し、遺体の一部は遺族からの要望により、イタリアへと送還された。死者の体内に金貨や貴金属を埋め込むことを最初に思いついたのが誰なのか、ずっとわからなかった。ファイク医師は必死になって真実を隠し、金貨を彼方へ送り出そうとした人々の名も隠し通した。検死の間に彼は宝石類や金貨を、死体の筋肉の間や、胃の中や、更には脳の一部を取り去って頭蓋骨の中にまで埋め込んだ。金貨の持ち主は、ファイク医師に報酬を渡した後で、彼から死者の名と、遺体の引き取り先である家族の正確な住所を受け取った。黄金は、肉の金庫に守られてイタリアへと出発し、そして金貨と宝石類の所有者たちは今や、自分たちの財産がイタリアの地中の何処かに埋葬されていることに安心するのだった。彼らはいずれ何とかしてその財産を掘り出せることに期待していた。可能性は様々だった。自ら出国し、そしてイタリアに辿り着き、あの医師がくれた情報を頼りに、遺族に密輸の秘密がばれようがばれまいが、墓を探し出そうと考える者たちもいた。一方、より忍耐強い者たちは、何らかの動きに出るつもりもなかった。そういう者たちは共産主義体制崩壊の日を落ち着いて待ち、そして落ち着き払ったままで国外へと旅立ち、大地から自分の幸運を掘り出すつもりでいたのだ。中にはそんなことすら考えていない者たちもいた。そういう者たちは、自分の金貨が既に再び地中にあることに幸福を感じ、どうやってそれを再び手にするかには心を砕こうとしなかった。その両親も祖父母も一生通して金貨を土の中に隠し続けていたので、彼らにはそれがごくごく当たり前のことのように思えていたし、その財産を何かに使おうとすることの方が不自然なことであるように思えていた。この当時、商売は上向きで、ファイク医師も軍病院の広い遺体安置所でずっと過ごすようになっていた。宝石類や金貨に続いて、指輪にブレスレットにイヤリングも出て行った。だがそれで終わりではなかった。それらに続いて金のスプーン、燭台、食器類の流出が始まった。そしてどれだけその身の毛もよだつ貯蔵所が続いたことだろう、或る日の昼、遺体安置所の車輌に死体を積み込んでいた時、息絶えた身体が予期せず何かしら滑ったせいか、何処かしらがひっくり返されたか或いは遺体の何処かしらが折り曲げられたせいか、とんでもないことが起こった:遺体の内側、死者の腰の辺りから、勢いよくナイフの刃先が顔を出したのだ。その光景は重苦しく、形容しがたく、まるで夢の王国[訳註;要するに悪夢]から現れたかのようだった。何もかもが正反対だった。人体に突き立ったナイフと剣ならどうとでも、それがそれほどおぞましいものであろうとも、幾らでも想像のしようがあるが、人間の外側にではなく、その内側から突き立っているナイフなど、どうあっても想像できまい。遺体の外に見えるべきナイフの柄が内側にあるのに、体内にあるべき刃先が外に出ているのだ。何もかもがさかさまだった。死がまるで、その姿を現すべき道を忘れてしまったかのようだった。運び手が遺体を地面に落とし、奇妙にくぐもったような声を漏らした。遺体安置所の守衛も近付いてきて、目を見開き、遺体の上に屈み込んだ。飛び散った黒い血痕の間に、守衛は黄色く光り輝くものを認めた:金製のナイフらしかった。それは夢の味わいそのものであり、存在しないものの実体化であり[訳註;仏訳では「夢のような味わいであり非現実の反映であり」、独訳では「悪夢であり反世界の構築であり」と意訳されている]、砕け散った隕石の欠片であった。ファイク医師は死刑を宣告された、絞首刑だった。それから減刑されて、絞首刑が銃殺刑になった。まさにその時に共和制が宣言されて、そして大規模な恩赦の中、医師の銃殺は終身刑になった。それから国民議会の選挙、労働奉仕による最初の鉄道建設開始、反文盲闘争の宣言、工場の国営化、農業改革の宣言、右派知識人の暴露[訳註;原文では「マスクを剥がすこと」]と続き、そのめくるめく日々の中で、ファイク医師に対する101年の刑期は15年にまで縮められた。裁判の終了後、すぐに法廷から「長きにわたり苦しめられたイタリア人民」への書簡が出されたが、そこでは強奪された、本来「長きにわたり苦しめられたアルバニア人民」に帰する金貨を返還せよとの要求が為されていた。だがしかし。向こうの人民からは何の返事も無かった。それから程なくしてわかったことだが、向こうでは多くの墓が開かれ、まだ充分に朽ちていない遺体が引き出され、野蛮にも切り刻まれ、墓を暴いた者たち同士で争い合い、殺人が発生し、また別の終わりなき裁判が開かれたという。
 マルクは、その医師の血の気の薄い顔をじっと見ていた。ヌリハンがちょうど、数年前から獄中にある知人数名のことを訊ねているところだった。
「気の毒な人たちね」ハヴァ・フォルトゥズィが言った。「せめて最近何があったかぐらいは知ってるでしょ?」
「知っていることは知っていますが」とファイク医師は言った。
「どんなことを?」ヌリハンが訊ねた。
医師の妻が苛立ったように夫の方を見た。
「対立のこと・・・それに、潜水艦のことも・・・」医師が歯の間から絞り出すように言った。妻は軽くふんと鼻を鳴らした。医師は口を開いてまた何か言おうとしたが、妻がそこに肘鉄を喰らわした。
「それがあなたにとって何だっていうの?」妻は言った。「あなたはあそこ[訳註;刑務所を指す]から出て来たばかりじゃないの。辛抱できないんならまたあそこに逆戻りよ」
医師の両頬にさっと朱が走った。
「私は政治犯じゃないぞ」医師は言った。「私は普通のだ」
「ふん、普通だなんて」妻が嘲笑するように声を上げた。「そんなことが問題なんじゃないのよ。あなたもう少しよく・・・注意なさいよ・・・」
 医師の唇がぶるぶると震えた。彼は表情をこわばらせた。瞳に惨めな光が宿っていた。
 盗み見るようにマルクは、ファイク医師とその妻の間に素早く交わされる視線を横目で眺めていた。その紫色の冷たい放電が何を意味するか、察するのは難しいことではなかった:二人の伴侶としての生活は終わっている。
 マルクは自分自身の内奥に痛みを感じた。記憶の中にぼんやりと浮かび上がるのはザナの身体、それはマルクの人生を横切った、十月の或る夜の流れ星であり、もはや手の届かない、迷えるかがり火だった。あなたは、何もかもが引っくり返されてしまうことってあると思う[訳註;第3部でザナがマルクにそう問いかけている]・・・毎朝、霜に覆われた窓ガラス越しに、彼女が仕事に出たり入ったりする姿を見ていたが、それは他に比べようもないほど厳粛で、そして美しかった。尋常でないほど美しかった。
 あの日の午後を思い出すたび、殆ど原始的とも言える不安と共に彼の頭に浮かぶのは、あの互いの分断にあって彼女が口にした、(ただ不具者たちにあってのみしばしばそうであるような)不安を感じさせる言葉だった:あなたたちは何を手に入れたのか・・・この破局から・・・
[訳註;ここで「分断」と訳したpërgjysmimは「二つに切断すること」という意味で、二つにされたものについては、アルバニアとソ連の断絶とも、マルクとザナの破局ともとれるような文になっている。仏訳では何故かmutation(突然変異)とあるが、恐らくmutilation(四肢切断)の誤り。独訳でもVerstümmelung(四肢切断)とされている。彼女が口にした「言葉」に仏訳では「切れ切れの(entrecoupé)」という形容詞が補われている。また「不具者」と訳したアルバニア語gjymtëは「四肢に欠陥がある」意だが、一つ前の版では更に直截なトルコ語由来の外来語sakatëが用いられている。仏訳ではles infirmesだが、独訳ではdie Krüppel]
 何度となく彼は、立ち上がって隣の部屋の集まりに叫びたい思いに駆られた:いい加減にしろ、待ってるだけ無駄なんだってことがわからないのか?そんな馬鹿げた希望なんか捨てちまえ!俺たちは何も手に入れられない。この歴史の全てから、俺たちは何も手に入れられなかった、ただ・・・一人の女性を除いて・・・その彼女もほんの数分で・・・
「ところで、上にいる人たちはどうしてるの?」
新たな沈黙が訪れ、そのたび沈黙が長くなる中で会話を元に引き戻そうとハヴァ・フォルトゥズィが切り出した。
「あちらもいろいろ大変よ」エミリアが言った。「特に娘さんはお辛い[訳註;逐語訳は「毒と一滴」]みたいね。どうも婚約者と別れたらしいのよ」
「あのモスクワの通訳でしょ?」ハヴァ・フォルトゥズィが訊ねた。
「そう」エミリアが言った。「何でも、そのモスクワで通訳してる時に重大なミスをしでかしたそうなのよ。言葉をまるごと間違えたんですって」
「確かにねえ」とハヴァ・フォルトゥズィが言った。「そういうものね、今どきの通訳は・・・ああ、コルチャのあのフランス語リセはどうだったかしらねえ」
[訳註;アルバニア南東部のコルチャではフランス統治下の1917年にリセ(高等学校)が設立された。ちなみにコルチャでは19世紀後半にアルバニア最初の学校が設立されている]
「刑務所にもそういう話は伝わってましたよ」とファイク医師が言った。
 医師の妻が、こう言いたげな視線を向けた:あなたまだ言うの?と。だが今度は、この元囚人の眼は妻の視線に立ち向かった。魔女め、彼の眼はそう言っていた。お前と一緒にいるぐらいなら監獄の方がまだましだ。
「この辺で口を閉じた方がいいわよ」妻が言った。「もうこれからずっと」
「奥様のおっしゃる通り」エクレム・フォルトゥズィが言った。「口を閉じるべきですな。このような時期ですからね、あなたが焚き付けたところで何にもなりません。全く、何にもなりませんよ」そう付け加えた。

 通りを埋め尽くした何百という顔の群れが、思い思いに会話しながら歩いていた[訳註;逐語訳は「ありとあらゆる会話の殻を脇に放り投げていた」と、食べかすを捨てるような比喩で表現されている]。ベスニクは迷っていた:ヴィクトルの結婚記念日に訪問すべきか否か[訳註;このように、決定版ではヴィクトルの家へ行く途中の場面から始まっているが、旧版ではその前に亡父の墓碑の件で友人の彫刻家ムヨ・ガブラニMujo Gabraniと会い、一旦新聞社に戻ってから出かける流れになっている。このヴィクトルは、第3部で登場した工場技師のヴィクトル・ヒラと思われる]。彼の迷いは足取りを遅くするどころか、むしろ歩みを速めた。その傍らをひっきりなしに何百という人々が流れていき、ベスニクは、あれはきっと学生だ、デートに向かう女の子だ、家具職人だ、官庁勤めだ、修正主義との格闘を夢見る党員候補だ、糖尿病患者だ、彫像の色塗り職人だ、と考えていた。
 郊外から来たバスを見ると、そちらの方では雨か、もしかしたら雪も降っているらしいことがわかった。ベスニクは時計を見た。行くことに決めたとしてもまだ時間が早いし、かと言って二時間余りもつぶすのは実際難しそうだった。
[訳註;旧版では「日没まではまだ時間があったが、ショウウィンドウの灯りはついていた」等だが、改版で訪問先が書き換えられたのに合わせてか、ここも書き換えられている。この箇所に限らず、ここから暫くは版毎の相違が甚だしい]
 ベスニクは映画のポスターに目を遣った。チェコ映画。その先に中国映画週間のポスター[訳註;仏訳は決定版に拠るはずだが、どういうわけかこの箇所だけ「朝鮮映画週間」と訳されており、「チェコ映画」もない]。アジアの憂鬱か、彼は思った。どうやら、何処かカフェにでも入った方がよさそうだ。
 踵を返しかけた時ふと、自分と同じくポスターの前に立っている、見憶えのある顔が視界に入った。その人物のことを、ベスニクは殆ど忘れかけていた。それは日を追うごとに色褪せていく、遥か彼方、彼岸にまつわるようなことだった。
「ヨルダン、元気だったかい?」
[訳註;ヨルダンは第2部でベスニクと共にモスクワ訪問団に加わっていた、ワルシャワ条約機構関係の人物]
 ベスニクは小声で呼びかけた。相手はすぐに振り向いた。両方の眉が驚きで弓型になっている。上等なコートに、狐の襟巻という装いだった。
「随分久しぶりだね」相手が言った。
「ああ、あの時以来だ」ベスニクは繰り返した。「ずっと海外にいたのかい?」
 ヨルダンは驚いた仕草をしてみせた。
「違うよ」
「でも、僕はてっきり・・・」
「違うって」とヨルダンは言った。「俺たちはもうKNERの会議に呼ばれてないんだぜ」
[訳注;KNERは、日本では英語名の略称COMECONで知られる経済相互援助会議(Këshilli i Ndihmës Ekonomike Reciproke)の略] 「ああ、そうなんだ」  そこで初めてベスニクは、相手が本のページで包んだレモンを手にしていることに気付いた。ふとベスニクは、モスクワ-ティラナ便の飛行機で二人が初めて会った時、知り合ったばかりのヨルダンが本から破ったページに包んださくらんぼの話をしていて、そのページにモンゴル人の馬のペストのことが書かれていたというのを思い出した。[訳註;第2部序盤にそういうやりとりがある]
「僕は今、映画製作所の脚本家事務局に勤めてるんだ」ヨルダンは言葉を継いだ。「少しは驚いただろう?」
 ベスニクは、相手の言葉に何も考えずうなづいた。そして横目で、皺の寄った本のページの数行を読もうと試みた。そんなバカな、と思った。夢の中のようだ。ベスニクの眼がとらえたのはこんな文字だった:『そして当時モンゴル人は処罰のために・・・』
「KNERの事務局が閉鎖されてね」ヨルダンは続けた。「で君は、どうなんだ?相変わらず新聞社かい?」
 ベスニクは『そうだ』とうなづいてみせた。
『チンギス・ハーンの息子オゴデイは砂漠に七十個の銅製の大鍋を設え、捕らえた反乱者たちをそこで生きたまま茹でた・・・三日間にわたりモンゴル人は・・・』
「婚約者は元気かね?確かディアナじゃなかったっけ?」
 ベスニクは微笑した。
「まあそんなところかな」そう言いながらベスニクはレモンを包んだ紙から目を離さないでいた。ヨルダンはその視線に気付いた。
「ああ」と言って、ヨルダン自身もまた自分の包みに目を遣った。
「それ・・・前にモンゴル人の話をしてくれた」とベスニクはやや小声で言いながら指差した。
「そりゃ当然さ」ヨルダンも、包みに視線を落としたままそう言った。
「同じ村で果物を買ってるからね。あ、なるほどほら、君の言う通りだ、こりゃ同じ本から破った続きらしいな」
 ベスニクは、それが偶然ではないとほぼ信じかけていた。どんな話題を切り出しても、二人の会話は一つの同じところに戻ってきてしまうような気がした・・・霜の降りた大地で・・・ペストで・・・モンゴル人のもとで・・・鼠が・・・そしてそれらが互いに関連し合っているのだ。
「それで、何でそんなことに?」ようやくベスニクが訊ねた。
 相手はどうやらその質問を待っていたらしい。腕を動かすしぐさをしてみせた。魔術師だな、とベスニクは思った。
「万事、転落の論理に従ったまでさ」ヨルダンは言った。「今や封鎖は事実だ。潜水艦の撤退も同じくさ。今や全ての問題はだ、これから・・・」
 話せよ、続けろよ、とベスニクは思った。何を固まってるんだよ。ベスニクには、相手の顔つきがこわばり、唇も石のようになっているような気がした。
「どうした?」ベスニクは半ば失望しつつ、問いかけた。
 ヨルダンは尋常ならざる努力を払って顎を動かした。その声は別人のようで、人間離れしていた:
「今や全ての問題は・・・全ての問題は・・・これから外交関係の断絶があるかどうかだ」
「外交関係の断絶」ベスニクは繰り返した。
 二人は互いに目を合わせた。どうしたら問題がそんな話にまで行くのだろう、とベスニクは考えた。[訳註;旧版ではここに「ヨルダンはショウウインドウを見つめていた」と続く]。二人はしばらく無言で通りを歩いた。そして共和国広場でヨルダンと別れ、しばらく歩いたところで初めて、ベスニクは雨が降り出していたことに気付いた。大きな雨粒が、あちらこちらにまばらに、まるであひるの足どりのように落ちてきたが、その勢いは強まり、やがて文字通りの土砂降りと化した。ベスニクは逃げ場を求めて歩みを速め、そこから最初に目に入った商店にやみくもに飛び込んだ。かすかなナフタリン臭が、また別の形容しがたい、まるで大昔からの青銅の手すりに触れた手に残るような匂いと混ざって、鼻をくすぐった。
 ベスニクは首を振って大粒の雨のしずくを払い落としたが、その時、立ったままカウンターに両掌をついている店の主人と目が合った。その眼、切れ長の二つの眼が、まるでおざなりな医療措置[訳註;要するに整形手術]によって引き伸ばされたものであるような印象をベスニクに与えた。ベスニクは、その切れ目のせいでひどい痛苦が生じているような気がした。彼は何かしら、例えば『何て土砂降りだ!』とでも言おうとしたのだが、その時になって、店内に他の人たちもいることに気が付いた。同時に、それは自分のようにたまたま入ってきた通りすがりなどではなく、ずっと前からその場にいるようにも思われた。そこにいたのは四人だった。年嵩の一人は、古ぼけたソファに腰掛けていた。他は立ったままで、瀟洒な着こなしで、マネキンのような冷たさで、この闖入者を見つめていた。
[訳註;この店主については、骨董店主ロク・スィモニャクであることが暗示されている。ちなみに1973年の初版では、ベスニクが骨董品店で雨宿りするくだり自体がない]
 ベスニクはもう一度髪を振り、その四人を横目で眺め、それから視線を外に遣り、何が原因でここに入ってくる羽目になったのか説明しようとして、ようやくのことでこう言った:
「何て土砂降りだ!」
 返事をする者は誰一人いなかった上に、唇さえ動きもしなかった。ベスニクが入ってきた時に何か途中まで会話していたようにも思えなかった、四人の口元はずっと以前から閉じたままのようだったからだ。にもかかわらず、四人には何らかのつながりがあるような気がした。雨が小降りになったらすぐ出て行こうか、とベスニクは思った。しかし雨は、むしろ逆にますます激しくなっていた。何て土砂降りだ!いや出遅れたとしても、土砂降りのせいでショウウィンドウが滝と化した今となっては、誰かしらそのことに触れそうなものだ。だが彼らは何も喋らなかった。
 そこで初めてベスニクは、自分がいるのが骨董品店であることに気付いた。もう四人のことを気にすることをやめ、彼は店内のショウケースに半歩進み、そこに並んでいる品物を見ることにした。大きな首飾りに、青い石を嵌めたものが三つ、黒地の上着、燕尾服とガウンコートの中間のような何か、銀製の握りがついた、嘗て使い込まれていたらしいステッキ、オペラグラスが一つ。ベスニクは再び視線を四人へと向けた、彼らの眼が探るように自分を見つめているのを感じたからだ。旧ブルジョアか、とベスニクは思った。初めはどういうわけか全く気付かなかったのだが、何なんだこの連中は?彼の視線が彼らのガラス様のふくらみにぶつかろうものなら、つんざくような悲鳴が上がってきそうだった。もうずっと昔から、こんな感じを覚えたことはなかった。これまで一度たりとも人と会って『ああ、ブルジョアか』などと思ったことはなかった。それなのに今は・・・その時不意に、長き落ち目の年月を経て彼らが再びこちらを見つめようとしているのだという考えが浮かんだ。そしてベスニクには、その理由がわかるような気がした。
 ベスニクは再びショウケースに身を屈めたが、そうすると自分の視線の一部がそれらの品物に注がれ、残りは自分自身の内部に戻っていくような気がした。首飾りがくすんだ輝きを放っている。銀の握りのついたステッキも同様だった。ベスニクは、まるでそれらが生きているようにその場から動き出し、かつて自分たちを握り締めた手や指を求めているように見えても、これっぽっちも驚きを感じなかった。
 こいつらは待っているんだ、とベスニクは思った。背後にいる自分たちの存在を、物理的にも感じさせるようになるまで。ベスニクは自分が静寂の罠に嵌まったようだった。ただ合図一つで店の奥の、青銅の洋服かけに無造作にぶらさげてあった古臭いガウンだか燕尾服の、その破れ目から銃口を突き出して、銃撃するのを彼らが待っているようにしか思えなかった。
 もう一度時計を見た。ヴィクトルが待っているはずだ。ここ最近こういう会はご無沙汰だった、というのも彼女・・・ザナは何処かと訊かれたくなかったからだ。ヴィクトルは、まるでわかっているかのように電話口でしつこく言ってきた:君も勿論来るよな、でなきゃ怒るぜ、と。ヴィクトルには、結婚記念日と新居購入を兼ねたお祝いの食事をすると言われていた。彼は義理の母親と共に、お互いの狭いアパートの部屋を手放して、もっと広い玄関と、三つの部屋、一つのキッチンを手に入れて、そこで一緒に暮らすことになっていた。ベスニクは彼の話を聞いて、殆ど驚かんばかりだった。アパートの造りも、家具も、何もかも前のままだというのだ・・・
 美術館の前を通りかかった時、ディアナ・ベルメマに出会った。彼女とは随分久しぶりだった。その足どりはのろのろとして、まるで眠っているようで、おまけに声もずっと小さくなっていて、まるで誰かを起こすまいとびくびくしているようだった。産休を取っているという。自然なしぐさで彼女はベスニクの手を取り、二人は並んで共和国広場を歩いた。会話はまるでガラスの花瓶のように、軽やかで、透明で、二人してそれを割らないように注意して抱えていた。ザナのことは一言もなかった。ディアナは何もかも知っているらしかった。バス乗り場のところで別れる時、ディアナはベスニクを抱擁し、頬と首の間にキスをした。そのキスには憐憫が込められていて、ベスニクは胸を刺すような痛みを覚えた。全て知っているどころではない、たぶん彼女は、自分が知っている以上の何かを知っている。そしてその何かは取り返しのつかないことなのだ。
 ベスニクは、ディアナが最後に言った『いつか夕飯にでもいらっしゃいよ』という言葉を思い出しながら、歩幅を広げた。それは孤独な人間に対しての招待だった。
 ザナのことは一言もなかったな、とベスニクは思った。彼女とも久しく会っていなかった。父の死から数日後の朝、ザナが家にやって来たが、その時ベスニクは不在だった。ベスニクがラボから聞いたところでは、ザナは部屋の中をまるで影のように歩き廻っていたが、殆ど口をきかず、そして涙で目を濡らしたまま帰っていったという。その日ベスニクは外から電話で彼女と話した。それが二人の最後の会話となった。霜が張りついて、濡れた電話ボックスだった。外では並んで電話を待っていた。夕方の時間帯で、負荷がかかって雑音混じりの回線の中、ザナの声は遠くから響いていた。無理よ、無理なのよ、そう彼女は言っていた。何があったんだ、どうして、どうしてだよ、とベスニクは食い下がったが、彼女はただ、無理よと繰り返すだけだった。それが、しばらくの間続いた:何かしら呻き声、溜め息、或る種この世ならざるところから響いてくるような、そんな声で埋め尽くされた大地の空隙をぬって届くような声だった。それから、順番待ちをしていた見知らぬ人が衝立のガラス板をノックしてきた、20チンダルカを手にして・・・
[訳註;公衆電話用の20チンダルカ硬貨を指す。チンダルカ(qindarkë)は当時のアルバニアの補助通貨単位。100チンダルカ=1レク]
 あなたとお喋りするための20チンダルカ、とベスニクは当時の文芸新聞に掲載された、或る女子の詩を心の中で反復した。あなたとお別れするための20チンダルカ、とすぐ後に続けた。
 その最後の電話の後、一度だけ、全く偶然に、路上で、店から出てくるザナを見かけた。互いの視線が交差して、それから彼女が遠ざかるまでの間、ベスニクは思った、人間二人が冷え切って、互いにとっての死が始まる時、死はまさにその眼から始まるのだと。その後、最後に見た時の彼女の眼を何度も何度も思い出すたびベスニクは、彼女の人生で何かしら本当に取り返しようのないことが、それも恐らく彼には理解しようのないことが起きたのだ、と思うのだった。
 もうそのことは考えまい、そうベスニクは思った。この件はもうおしまいだ。彼はしばらくアリ・パシャ通りを歩きながら、何処からヴィクトルのところへ引き返そうかと交差点を目で追った。そこからは新しい、未完成の区画が始まっていたが、彼はまだそこに行ったことがなかった。歩道はまだ舗装されていなかった。あちこちに泥地があった。強い灯りが深淵の中にぶら下がっているように見えて、クレーンの赤い警告灯と、その向こうに広がる暗闇とがまさしく、ぐらつくような不均衡をきたしていた。彼が思い出したのは彼女と会って最初の頃、と或る友人宅のカーテンのない部屋のソファで二人して座っていた時もこんな風に遠くの方から、突き刺すような光が差し込んでいたことだった。その光を見ながら、彼女は言っていた:間違いなく私はアルバニアで一番幸せな娘だわ。
 もう思い出すことなんかないんだ、そう思いながらベスニクは歩みを速めた。ヴィクトルの新しいアパートに彼はようやく辿り着いた。そこには楽しげな雰囲気があった。
「これみんな招待した客なのかい」とベスニクは言った。
「いいや」ヴィクトルが言った。「工場の同志が何人かと、あとはただの親戚だよ。君も知ってるだろ、うちは叔父が多いんだ。ここで過ごした時間の半分はあれやこれやで喧嘩ばかりさ」
 ヴィクトルは学生時代からずっと、彼自身の大勢いる叔父たちについて冗談を言うのが好きだった。
 招待客の大半はベスニクの知らない顔だった。その客たちの視線はどういうわけか、ソファの隅にもたれている一人の女性の手元に注がれていた。大きめのブレスレットと、暗紫色のマニキュアのせいで、その女性の腕には支配者のような何かが授けられていた。ふとベスニクは、あの骨董品店の三つの首飾りを思い出した。
 その傍らで、ヴィクトルの叔父たちは、どうやらそれが日常茶飯事らしい口論を始めていた。彼らの険しい顔には真剣さと、絶えざる痛苦とが入り混じっていた。ベスニクの耳には「ペテーフィ・クラブ」とか「背教者カウツキー」といった言葉が入ってきた。もし我々の息子たちが階級敵と血を流して闘うなら、そして息子たちだけでなく、我々の孫たちもそうであるなら、我々は安心して目を閉じることができるだろう:権力は安泰ということだ。そうでなければ・・・いや違う、と別の誰かが反論した。それでは労働者階級の権力を血讐という原則の上にうち立てることになる。
[訳註;ペテーフィ・シャーンドル(Petőfi Sándor)はハンガリーの詩人。三月革命(1848~1849)に加わり、ロシア軍との戦闘で死亡。この名にちなみ「スターリン批判」後のハンガリーで結成された知識人グループ「ペテーフィ・クラブ(Petőfi Kör)」は1956年のソ連軍介入で弾圧された。一方、翌1957年に中国で始まった毛沢東の「反右派闘争」では知識人が「ペテーフィ・クラブ(裴多菲俱乐部)」と呼ばれ、これまた弾圧の対象となった。カール・カウツキーはドイツ社会民主党の政治家で、「背教者カウツキー」はそのカウツキーを批判したレーニンの著作『プロレタリア革命と背教者カウツキー』(1918)を指す。本作の舞台は1960年代初頭であり、叔父たちの会話は当然これらの事柄を念頭に置いている]
「その話はさて措いてだね」とまた別の、ずっと瀟洒な着こなしの叔父が言った。
[訳註;旧版ではここに、工場に残っている外国人技師についてベスニクとヴィクトルの会話が挟まれている]
 ベスニクは立ち上がり、ダンスが行われている部屋のドアの方へ近付いた。音楽はゆっくりしたもので、しばらくしてベスニクは自分自身の視線が、ダンス相手の肩に置かれた娘や女たちの手元へと注がれていることに気付いた。ダンス相手の肩に手を置くのに、これほど多種多様な置き方があろうとは、これまで一度たりとも考えたことがなかった。折れた枝のようになっているものもあれば、神経質そうなものもあった。ベスニクはその中に例のブレスレットをした腕を認めたが、その指先はマニキュアのせいか、それとも相手の肩を強く摑んでいたせいか、まるで血を流しているようだった。
「おい、お若いの、お若いの」誰かがベスニクのすぐ耳元でそう言った。ベスニクは振り向かなかった。
「45年[訳註;1945年]にわしもこんな風にダンスができていればねえ、でもダンスはできなかった。他のことで手一杯でねえ」
「何に手一杯だったんです」ベスニクは全く興味がなかったが訊いてみた。
「汚れ仕事さ」
 ベスニクは振り向いたが、見ると驚いたことにそれはヴィクトルの叔父の一人で、しかも先程の着飾った一人だった。白いシャツの襟に収まった首筋が窮屈そうだった。[訳註;旧版ではベスニクが、何処かの自治体の首長だろうと推測している]
「信じられないかね?」相手が言った。「誰でも最初は信じないんだ」
「そんなこと言ってませんよ」そう答えながらベスニクは、彼に口をきいたことを後悔していた。
「45年にわしは壁に字を書くことにかかずらっていた、公衆トイレのもやってたよ」ヴィクトルの叔父は言った。ベスニクは彼を見て微笑んだ。
「一つの階級が没落すると、報道出版でも他の階級に負けを喫するんだ」相手は話し続けた。「そうなると自分たちの意見や感情を表現する方法もなくなってしまう。そして右往左往し、苛立ち、絶望し、しまいにはその公表を試みて最後の一歩を踏み出す:公衆トイレに潜り込むわけさ。そこに入ったら、ペンやチョークを手にし、さあやれ、壁を、ドアを埋め尽くすのだ、呪詛だ、亡命政府の宣言だ、挑発だ、脅迫だ。まあ、何だ、わしが45年にやってたのはそういうことだ。お前さんたちは踊って、革命の勝利を喜んでいたが、わしは路地から路地を、掘っ建て小屋やあばら家の間を、壁の足元を、トイレからトイレを、小便の悪臭の中を、汚物と憎悪の中をさ迷い歩き、書き付けを残し、終止符を打っていたんだ。何故って、そういうものが、トイレも含めてだが、何もなければ、町はしまいまでなんにも気付きやしないんだからな。まあ何だ、わしもあの頃、そんなことをやっていたのさ」
「またそうなるかも知れない、とでもお考えなんですか?」
そう訊ねながらベスニクは何気なく相手の、雪のように白いシャツの、きらきら光るボタンに目を遣った。
「かもね」相手はそれだけ言った。「どんな時代にも、そこを流れる汚水はある。誰かがそこに関わらねばならない」
 彼はベスニクに背を向け、半ば憤然と立ち去った。
 誰かが汚水に関わらねばならない、とベスニクは一人つぶやいた。彼は書架の前に立ったまま、思うところもなくぼんやりと、作者名と書名を読んでいた。そんな彼の傍らに、既に見覚えのある横顔が姿を現した。それは一人の女性だったが、何処で知り合ったのかはどうにも思い出せなかった。
「何処かで会ったような気がするんだけど」彼はそう言ってからすぐ、女性に話しかけるにはひどく俗な言い方だなと思った。こんな入り方では顔を赤らめるだろうかと思いきや、その女性は真面目な顔でこう答えた:
「ええ、確かに会ってるわ。何処だったか憶えてないの?洪水の時よ」そう言った。「あなたはずっと電話を探してたわね」
「ああ、そうか」と声をあげベスニクは顔をしかめた。「電話一つ探し出した挙げ句に、とんだ時間の無駄遣いだったよ」
[訳註;旧版の第3部には、放送局から洪水現場に派遣されたもののテープレコーダーが壊れて困っている女性とベスニクら一行が出会うエピソードがあるのだが、決定版ではそのエピソード自体が削除されているため、女性の素性自体がぼやかされている]
「何?」その女性は訊ねた。「何の話?」
「いやいや、何でもない」ベスニクは慌てて答えた。だが一方でこうも思った:全くどうかしてたな。何だってあんな無駄骨を折ったのかわからない、彼は苦笑し、それから相手にこう言った:踊らないか?
 その女性は『ええ』とでも言うように、芝居がかった楽しそうな仕草でうなづくと、ごく自然な動きでベスニクの方に自分の腰を寄せ、ベスニクの肩に腕を回した。折れた枝だな、とベスニクは思った。彼はすぐ傍に、相手の視線を感じた。
 今始まりつつあるこれが、ザナのいない生活なのかという思いがベスニクを翻弄した。自分自身が急に衰弱した、長患いの果てにベッドから起き上がった人のようになっている気がした。バー「クリミア」のコニャックのグラスに、路上の一人歩きに、今は知らない人とのダンス[訳註;上述の通り、旧版では二人はそれなりの顔見知りである]と、その全てに、この新しい生活の味わいがあった。それだけでなく彼女によって、彼は油に火を投じられたようなものだった。[訳註;以上の段落は決定版で初めて追加されている]
「ついさっき、あなたの話になってたのよ」そう言って彼女はアパートの部屋の、ベスニクの話をしていたらしき一隅の方に首を振ってみせた。
「あなたと、あそこにいるあのブロンドの彼よ、あなたたち今夜の注目の的になってるのよ」
「そうかい?」とベスニクは言い、「そうだといいけど」と笑って続けた。「でももう一人は何だろう?」
「あら、知らないの?」彼女は言った。「死の専門家よ」
「え、何?何だって?」
 彼女は、何かしら相手を驚かせることができて満足したように笑った。
「死の専門家だって言ったのよ」彼女は言った。
「だってあの人、変な仕事に就いてるのよ。外国の将軍と司祭の遺骨探しに付き合ってて・・・」
「ああ、何だか聞いたことがあるな」ベスニクは言った。彼は振り返ってそちらの方を見た。『死の専門家』は若々しい顔つきで、そのせいで柔らかそうな頭髪がまるで羽毛のようにきらきらして見えた。
「定規とか、いろいろな道具を使って骨を区別するんですって・・・おおう・・・怖い」彼女は言った。「でもやっぱり気になるのよね。それであなたは・・・」
「確かにね」ベスニクは言った。「で、僕が何でその中に入ってるんだ?」
 彼女は何と言うべきか見定めようとでもするように、少しだけ首をかしげてみせた。
「あなたは・・・モスクワにいたでしょう・・・あの会議の時に」
 何だってそう何でもかんでも一緒くたにモスクワに結び付けるんだ?彼は自分の顔から先ほどまでのうちくつろいだ愉快な気分が去っていくのを半ば感じていた。
「あなた・・・私が何か秘密を言わせるつもりだなんて思ってないでしょうね」彼女は言った。その微笑みが今は途切れたようになっていた。
「いやいや」ベスニクは言った。「全然そんなこと思ってないよ」
 彼女の視線はこう言いたげだった:その秘密はそのままにしておいて。そのまま・・・あなたが背負い続けておいて。
 音楽が終わりそうな気がしたが、そんなことはなかった。
「一つ訊いてもいいかしら?でも気を悪くしないでね」彼女は言った。「党から除名されそうになったのは、その、モスクワで何か失敗したせいで・・・?」
「違う」ベスニクは短く答えた。「単なる個人的な問題さ」
 ベスニクはどうやら暗い顔つきになっていたらしい、というのも相手が二度も続けて「ごめんなさい」と言ったからだ。
[訳註;旧版では次のようなやり取りが続く;
「何でもないさ」ベスニクは答えた。「問題はもう片付いた」
「じゃあ、今は復党しているの?」
「ああ」
彼女の視線がベスニクの上着の襟に注がれていたので、ベスニクは彼女の瞳と唇とを間近で見つめることができた」]

「知ってる?」と彼女はベスニクから目を離さないまま言った。
「会談の一番厄介なところであなたが翻訳を間違えて、そこから何もかも台無しになったって言われてるんだけど。でたらめでしょそんなの?」
「そんなところさ」ベスニクは冷たく言った。
「でも、私にとってはそこが・・・何て言ったらいいのか・・・興味をそそられるのよ」彼女は言った。
 ベスニクは無言だった。しばらくの間、二人は黙ったまま踊っていた。
 音楽はずっと鳴っていたが、ダンスが始まったところか1メートルも動いていないような感覚だった。
[訳註;旧版ではこの段落の前後で、この彼女の名が「プランヴェラ」(初版では「フロラ」)であること、ベスニクが彼女とヴィクトルの関係を気にしたり、家に電話があるかどうか訊ねたりと、今後の進展をにおわせるやりとりがあるが、決定版ではご覧の通り]
 幾度か視線の先が、意図せぬままヴィクトルの親戚連中で止まった。その中に、また別の男性二人が加わっていた。一人はコートも脱がず、キャスケット帽もかぶったままだった。コートは灰色のギャバジン地で、党委員会の書記たちがよく身に着けているものと同じ縫製だった。彼らの陰鬱そうな表情から、また言い合いをしているらしいことが察せられた。
[訳註;「キャスケット」と訳した原語kasketëは前にひさしがついたハンチング帽の一種。レーニンやエンヴェル・ホヂャがかぶっている写真が有名。仏casquette。「ギャバジン」は原語gabardinëで、軍用コートや防寒着に用いられる]
 彼らはこれから何十人と繰り出していくのだろうな、とベスニクは思った。自由主義者に保守主義者、互いの過失を喜ぶ連中が、彼らを最後の最後まで搾取し、ねじくれた闘争を焚き付けることだろう。或る一派は、状況の発生を利用し、古くて野蛮な者たちの「我ら」感を強調しようとするだろう。不幸を自分たちの栄達に向けた好機に転じせしめんと腐心し、「修正主義」の文言を「狼」や「魔女」のごとく振りかざしてくるだろう。外部からの影響に警鐘を打ち鳴らすだろう。検疫をせよと声高に叫ぶだろう。
[訳註;旧版ではこの後にこう続く;
「また別の一派である自由主義者たちは、対立意見に賛同して吠えまくるだろう。彼らもまた、時代が自分たちに味方していると思っているのだ。ソヴィエトや社会主義陣営に対する全ての苛立ち、全ての失望を、彼らは革命に対する苛立ち、失望へと転化させるのだ」]

「ちょっと前に誰かが言ってたんだけど、ソヴィエトに対する報道攻勢が予定されてるんですって」彼女が言った。「それ本当なの?」
 ベスニクは肩をそびやかして
「そんなの知らないよ」と言った。
 彼は、力ありし者と力なき者との闘争を思い浮かべた、それは社会主義内部の最も熾烈な争いだった。悪いことに、この闘争で先に疲弊するのは力ある方なのだ。[訳註;この段落は決定版で追加された]
 彼女は少しだけ寂しげなベスニクの向こう、死の専門家がいる方を見つめていた。音楽は続いている。アパートの廊下に人の動きが感じられた。ちょうど誰か入ってきたところだった。ベスニクは人々の頭が動くのを目にして、今しがたやってきたその人物が何かしら有名人に違いないと思った。彼女の瞳が再び好奇心を帯びてきた。
「クラスニチ姉妹よ」と彼女が小声で言い、ベスニクは彼女の指先が自分の肩の、首筋のすぐ傍をぎゅっとつかむのを感じた。まるでその指先は自分の頭を押さえつけて、その恐怖を、或いはその奇跡を見せまいとでもしているようだった。

 マルクがリハーサルから戻ったのは深夜近くだった。集合住宅の暗くなった玄関に入った時、頭上の、ザナの部屋に灯りがついているのが見えた。冷え切った夕食が電気コンロの上に乗っていた。考えがまとまらないまま手早くかき込んで、寝る前に母のところへ行った。彼女は夜中まで寝つけないのだった。
 マルクは母の部屋のドアを開け、中へ入った。ヌリハンは灯りを消していた。ラジオに張りついたままで、彼女とラジオがまるで一つの存在になっているようだった。ヌリハン-フィリップス。ラジオの四角い空色の中で、薄ぼんやりと青緑色[訳註;原語gurkaliは硫酸銅、またはその呈する色]のランプが母の顔を下から照らし出していて、下顎の辺りに人ならざる印象を与えていた。
「ただいま」とマルクは言ったが、母は聞いていなかった。マルクは古びたソファに腰を下ろし、疲れから目をうっすらと閉じた。彼はまざまざと思い浮かべた、そのぼんやりと光る平方形の中に、世界の十字路の名がそこかしこすれ違い、笑いさざめく隣人同士となっているのを。
 ヌリハンはようやくマルクを目にして唇を動かしたが、ラジオから離れようとはしなかった。アナウンサーたちが入れ代わり立ち代わり、繰り返している;最後のニュースをお伝えしました、続いて明日の天気予報です。
「気分が悪いわ」ヌリハンが言った。
 マルクはどこが悪いのかと訊ねたが、母の返事はなかった。アナウンサーたちは天気について喋り続けている。この冬は、いにしえの氷河との境界線に接近した後、そこに到達することなく、ゆっくり後退し始めております。雲のキャラヴァンは雪と虹と、大量の雷を抱えつつ、北へと向かっております。
 ルクセンブルク。パリ。ブラティスラヴァ。モスクワ。モンテカルロ。アナウンサーが入れ替わり立ち代わり「おやすみなさい」を告げている。
 間もなくヌリハンがラジオを切り、それら全ての灯りがたちまち暗転する。声が押し黙る。ブリュッセル。ストラスブール。トーキョー。全てが考古学へと戻っていく。
「気分が悪いわ」ヌリハンがまた言った。
 マルクは深く息をついた。幾度もヌリハンは、国が乱気流の淵に立たされた状態にあるような気になった。だがその希望はすぐさま消え失せる、またたく程の一瞬で。ここ数日、彼女らはこれまでにないほど活き活きしていた。何かしら尋常ならざることが待ち受けていた。
 ワーグナー、とアナウンサーが言った。神々の黄昏。[訳註;原語Muzgu i perëndiveはカダレの1970年代の長編『草原の神々の黄昏(Muzgu i perëndive të stepës)』の書名にも用いられている。また旧版ではこの後に、ベスニクの帰宅時を描写した段落がある。ベスニクが帰宅するとマルクの家と同じく夕食が電気コンロの上に置いてあったが彼は手をつけず、部屋に戻って枕元のラジオをつけるとニュースは終了しており、流れてきたワーグナーを聴きながらうとうとするうち、雪の平原と、そこを行く馬の姿を夢に見る]

2
 火曜日の夜、ソヴィエトに対して報道で公然たる攻撃が開始されるとの噂がささやかれた。人々は待ちきれない思いで一日中、それこそ深夜までニュースを待ちかねていたが、アナウンサーがおやすみなさいと告げるや、攻撃は起こらないと確信し、寝入ってしまった。ところがそれから数時間が過ぎ、次の日の明け方になると、水曜日の全ての紙面がでかでかと、初めて公然と、ソヴィエトとアルバニアの決裂を報じていた。まだ朝もやに包まれた通りでは人の動きが絶えなかった。小さなバーやカフェにはぼんやりと灯る明かりが、人々の影の上に投げかけられていた。広げられ、半開きになり、皺が寄り、ところどころ破れた新聞紙が、まるで狂気じみた嵐の只中にある船の帆のようだった。クレムリンの重要会議の、その発言の中で、ニキタ・フルシチョフはソヴィエトとアルバニアの決裂を公然と世に向かって宣言した。新聞は、黒々とした字で、フルシチョフが党の中央委員会を激しく攻撃している発言の部分を載せていたが、特に次の文言を強調していた:「アルバニア労働党指導部は銀貨30枚で帝国主義に自らを売り渡した」そして、アルバニア人民に党指導部を打倒せよと呼びかけるくだりも。全ての新聞の第一面に、激しく対抗するアルバニア側の回答が二言語で掲載されていた。[訳註;旧版ではこの「回答」についてもう少し詳しく書かれている]
 10時30分、ティラナの全ての工場、公社、省庁、大学の学部、農場、中等学校で小集会が開かれ、そこで中央委員会の布告が読まれた。それはその日のうちに、あらゆるラジオのニュースで伝えられた。15時30分、15年目にして初めて、ラジオ・モスクワのアルバニア向け放送がラジオ・ティラナから流されず、スポーツ番組に差し替えられた。
 その翌日には全ての新聞が、ソヴィエト指導部に対する激しい論説と、共和国の各方面から届いた数多くの、ソヴィエトの姿勢を糾弾する手紙を載せていた[訳註;旧版では更に詳しく「労働者、協同組合のグループ、学生、殉国者の母親たち、著名な作家たちが党の総路線への連帯と、フルシチョフの声明に対する怒りを表明した」とある]。同日、「スカンデルベイ」広場に、アルバニアに対する社会主義陣営の経済封鎖を伝える最初の巨大なプラカードが設置された。午後にはティラナの学生と高校生が大挙して集まり、ティラナのソヴィエト大使館の、警官数十人が警備にあたる鉄柵の前を、喊声を上げながら行進した。[訳註;旧版では更に「その1時間後には、首都の工場労働者のデモ行進がゆっくりと大通りを進み、中央委員会の建物を通り過ぎる時には革命歌を唄いつつ、ディナモ・スタジアムへと向かった」と続く]
 三日目の金曜日になると、新聞そしてラジオによるキャンペーンは最高潮に達した。
[訳註;旧版ではここに「ティラナの交差点には『君は封鎖に抗して今日何をした?』と大書されたプラカードが立った」の一文がある]水曜日から金曜日までに、新聞におけるフルシチョフ評には目に見える変化が表れていた。水曜日の新聞の大部分で彼はまだ「フルシチョフ同志」と呼ばれていた(例外的に幾つかの新聞ではフルシチョフの名のみかニキタ・フルシチョフと書き、数には入っていないが「スポーツ」では嘲笑混じりにニキタと呼び捨てにしていた)が、木曜日の新聞では遂に「同志」の語が消えたばかりか、多くの新聞がフルシチョフ氏と呼ぶようになり、中には修正主義者フルシチョフと呼ぶものさえあり、また国の主要紙[訳註;旧版では「党中央委員会機関紙」と明言しており、それは『ゼリ・イ・ポプリト』の一紙しかない]は裏切者や背教者といった語を冠していた。それが金曜日になると、ほぼ半数の新聞で、このソヴィエト連邦共産党中央委員会第一書記はユダ・フルシチョフと呼ばれていた。普段は日曜日に出る諷刺新聞が二日も早く出した特別号にはフルシチョフの戯画82枚が載っていて、その解説文の中には、飲んだくれだのちんちくりんだの禿げ頭だのといった語が見えた。その新聞は昼には発禁となり、編集長が1時に出版当局に呼び出されて停職を言い渡されたが、理由はその編集長が身体的欠陥をあげつらうという、「倒錯したブルジョア新聞特有」の人物評価を世に出すことを許したからだった。
 1時半には、ベスニクが勤める新聞社でもこの出来事が話題になっていた。ここ数日、どの部署でも、携わる業務の大部分が人民からの手紙に関することだった。その手紙は実に奇妙なものだらけで、内容においても文体においても、意外性に満ちていた。傷心、憤怒、失望に終わった友好、[訳註;旧版ではここに「それはアルバニア人にとって最悪の失望だった、とイリルは言った」の一文がある]それらが霧に包まれた中の火花のようなものを生ぜしめていて、あの大いなる恩知らずに対して実行可能な返答なり対抗措置なり報復といったものを手紙の書き手たちに納得させることを許さなかった。手紙にはフルシチョフの出廷を求めるものもあったし、また別の手紙には何とも理解しようのない文言が書かれていた:我々か、さもなくばフルシチョフかだ!
[訳註;旧版には次の2段落が続く;
 彼らがその手紙の文句に笑い声をあげていると、ドアが開いて、赤毛の事務職員が山のような封筒を手に入ってきた。彼はそれを既に郵便物で溢れた長テーブルの上に置くと、無言でまた出て行った。
 彼らは封筒をより分け、それを開き始めた。時折誰かが手紙の一節を、或いは全文を読み上げるたび沈黙が破られるのだった。]

 それらを特に思うあてもなく読みながらベスニクは思った、あと数日経てば、この雰囲気も冷めていって、自分たちも元の職場に戻るだろうと。ベスニクも経済部の自分の机に座って、数字の寒々しさと向かい合うのだろう。そのまん丸い頭たちはまるでこう言っているように思えることだろう:やっと戻ってきたな、若造ども、まあまずは座るがいいさ、わあわあ喚くのにも飽きただろう・・・数週間前から、経済のあらゆる部門で緊縮[訳註;旧版では「反封鎖闘争」]が始まっていた。建設労働者たちが真っ先にそれを感じていた。建築に続いて大工場、それに続けて対外貿易、北部の水力発電所、石油。数百のクレーンが長い首を持ち上げたまま、水平線の何処かを探っていた。ベスニクの頭に思い浮かんだのは、オーストラリアの沼地で立ち往生する最後の恐竜の群れだった。自立は高くつく。あらゆる会議で容赦なく使い回されてきたこの言葉、迷宮の門前に突如姿を現したミノタウロスが、今やありありとその意味を伴ってベスニクの意識の中で輝きを放っていた。
「午後から造形美術展の開会式行くかい?」誰かが訊ねた。
「絵の展覧会行く暇なんかどこにあるんだよ?」別の誰かが答えた。
[訳註;初版では、ベスニクが一旦帰宅する次のくだりはなく、すぐに美術館に場面が移っている]

 ベスニクが昼食のため帰宅したのは普段より遅くなってからだった。ラボは食卓を広げて待っていた。[訳註;旧版では昼食のメニューがスープと焼魚であることや、妹ミラがイリスと会うため外出していることも書かれており、この後にもミラの不在を気にする描写があるが、決定版では削除されている]午前中に何杯もコーヒーを飲んだせいだろうか、ベスニクは食欲が無かったが、何とか皿を平らげた。
 昼食が済むと、ラボが引き出しから家賃と光熱費の請求書を取り出した。
「ほら、今日払っといてくれないかしら、どうも期限過ぎてるみたいだから」とラボは言った。
 ベスニクは煙草に火をつけた。コーヒーを入れていると、ラボが何か言いたげにしているような気がした。
 キッチンの窓から隣家の赤いタイル屋根が見える、その煙突の周りではカラスが鳴いていた。そこの屋根にそんなにたくさん煙突があることに今まで気付いていなかったことに、ベスニクは自身で驚きを感じた。
 ラボは黙ってコーヒーを飲んでいた。遠くで救急車のサイレンが聞こえた。
「訊きたいことがあるんだけどね」ラボが言った。「どうしてお嫁さんは全然ここに来てくれないんだい」
 ザナのことをラボは一度も名前で呼ばず、ただ嫁と呼んでいた。ベスニクは下唇を噛んだ。コーヒーカップをテーブルに置き、何も喋らなかった。ラボは深く溜息をついた。
「何かあったのかい、どうして教えてくれないんだい」ラボの問いは続いた。「それとも母さんなんてお呼びじゃないってことかい」
 彼女がひどく気に病んでいるらしいことはすぐにわかった。
「そんな、何言ってんだよ」ベスニクは言った。
 どう答えたらいいかわからず、ベスニクはテーブルから立ち上がってキッチンの窓の方へ近付いた。煙突が4本、5本、6本、と彼は心の中で数えた。
 ラボは無言で食卓を片付けていた。順番に皿を、スプーンを、フォークを、そしてコーヒーカップを下げていった。それらを全て流しで洗い終わると、いつものように壁際のソファに腰掛け、編み棒を手にして、ベニのために毛糸の靴下を編むのだ。
 ベスニクがその横顔を盗み見ると、そこには悲しみと傷心とがないまぜになって、独特のこわばりが生じていた。いつか説明することもあるさ、そう思いながらベスニクは、物音を立てないよう苦労しつつ、キッチンを後にした。
 辛抱してよ、彼は苛立ちを抑えながら思った。何もかも説明してあげるから、もう少しだけ辛抱してよ。
 一人一人、これまでのことを説明していくことになるだろう、近しい人にも疎遠な人にも、知人にも見知らぬ人にも、男にも女にも、それもずっと秘密にしていたことを責められないような言い方でだ。出来事の詳細を、細部に至るまで、誰に対してであれ説明することになるだろう、いや恐らくただ一人を除いてだ、ただ一人、最も最初に説明すべきだった人を除いて;それはザナだ。[訳註;この段落は決定版で追加された]
 ベスニクは自室に戻ると、いろいろなものが無造作に放り込んである箱の底から辞書を探し始めた。そうしてかき回していたところ、常にこういう時にはありがちなことだが、いつぞや神経をすり減らして探し回った末に紛失したとばかり思っていたものが、先に出てくるのだった。美しく、厚紙で装丁された卒業論文。何のために買ったのかわからない変圧器。書籍、アルバム。ソ連製FED-2のカメラ。[訳註;FED/ФЭДは、ウクライナ(当時)の製造工場の名に冠された秘密警察創設者ジェルジンスキーのフルネーム(Феликс Эдмундович Дзержинский)に因む]
 ベスニクは、まるで古代の遺物であるかのようにカメラを手に取った。もうずっとこれで写真を撮っていない。去年の夏、海に行った時以来だ。
 ベスニクはその、埃をかぶった革製のケースを見て殆ど呆れ返ってしまった。本当に存在したのだろうか、あの夏は?
 彼はカメラを元あったところに戻そうとしたが、それなのについ、指でケースを開けてしまっていた。ケースを外したカメラはずっと重く感じられた。ベスニクはしばらくの間、金属製の表面部分と、それからレンズを見つめた。それは異国人の瞳のように、いびつな輝きを伴い、その厚み故に幾分青みがかって見えた。
 不意にベスニクは、そのカメラが古ぼけてしまったような気がした。その古さは、過ぎ去った時代の道具、人を容易に近寄らせない戦前の自動車やミシンを想起させるものだった。
 にもかかわらず、そのカメラはここ数年来の製品だった。ベスニクはそれをひとしきり手の中でいじっていた、古びていくものに対するこの不快感が何に由来するのかわからないまま、カメラのいびつな瞳の中に、時代を画する境界線が通っているような気がした。
 彼は革のケースを閉じ、カメラを元あった場所に戻した。その後、まだ書物や他のあれこれを探し回りつつ、ベスニクはカメラをずっと奥の方へと押しやっていた、まるでもう二度とそれが目の前に出て来て欲しくないかのように。

 その日の昼頃、ティラナのソヴィエト大使は早急にアルバニア外相との会談を申し入れていた、アルバニアの新聞ラジオにおけるキャンペーンの即時終了を求めるソヴィエト政府からの外交文書を手渡すためだった。さもなければ、ソ連政府は強力な対抗措置を取る、文書はそう締め括られていた。それは外交関係の断絶に関わる、公然たる脅迫だった。
 二時間後、ラジオ・ティラナの午後の放送ではソヴィエト指導部に対して一層激烈な言葉を用い、彼らこそ冒険主義者でありサーカスの道化師だと評していた[訳註;旧版では「冒険主義者」の前に「恐喝屋」の一語がある]。キャンペーンが勢いを増していることは明らかだった。

 展覧会の開会式はその日、17時30分に行われた。開幕の場には政治局員一名、文化相、官僚、外交官、それに文学・芸術界の人士らの一団が加わっていた。社会主義諸国の文化担当官たちが、こわばった面持ちで辺りを見渡していた。ソヴィエトの担当官が欠けていた。
 三つの会場をカメラマンたちは熱に浮かされたように急いだ。絵画や彫刻の前をゆっくり移動する官僚たちの後から、芸術家の一団に、書記が三名、それに作家芸術家同盟の議長が続いた。彼らの視線は、静かに絵画を一つまた一つと見ながら小声で文化相に何か話しかけている政治局員の方に、絶えず向けられていた。文化相が肯定するようにうなづくと、その後ろにいた一団の中でひとしきり、こんな囁きが交わされた:何て言った?何て言った?
 徐々にではあるが、展覧会場の中で喧騒と熱気が全てを満たしていった。作品の製作者たちは顔を紅潮させ、そこかしこを動き回っていた。彼らの耳は思わず知らず、切れ切れの評価を、驚嘆や軽蔑や賞賛のかすかな口笛をとらえていた。絵画の上に貼り付いた幾百の視線の中、その幾らかは疑いに満ち、冷ややかだった。何だいこの色合いは、この形式は・・・今度は美しい娘たちの肖像に時間を費やした・・・私は知ってるよ、この絵を持ち出したのは・・・
 その集まりの中に、ベスニクはスカンデル・ベルメマを見つけた。
 その傍らで暖かな笑い声がはじけた。中央劇場の役者たちだった。その中にいる高名なバレリーナV.V.のことをベスニクはよく知っていた、彼女は一年前、と或る煽情的なスキャンダルで夫と別れたのだ。評論家のズィヤ・シュクルティ[訳註;第3部に登場した文芸批評家。旧版では「C.V.」]が、楽しげな芸術家たちの間をすり抜けて、極端に青みがかった一枚の色彩画の前に立った。その眼はこう言いたげだった:何だってここまで青くしたのでしょうかね?
 スカンデル・ベルメマが件の政治局員の方を見ると、官僚らを伴い、離れたところにある木製の彫刻の方にいた。彼は視界を遮らないよう少しだけ脇に立っていた。
 展覧会の観客の中で、ベスニク・ストルガの姿が目に止まった時、スカンデル・ベルメマの心に浮かんだのは自分の小説だった、しかもその小説の鍵は他人に握られているように思えていた。[訳註;旧版では「彼の心に浮かんだのは自分自身のドローンの響きだった。今日は一日中それにかかりっきりだった。今のところは新聞の切り抜き、ポスター、ラジオのニュースを録音したマグネトフォンのテープで出来ていて、それら全てが重なり合って一つの噪音となりつつあった」とある。「ドローン(iso)」は高低の無い複数の音の持続のこと。バルカンの民族音楽でも有名]
 ベスニクは二歩離れた。恐らく彼の耳は多かれ少なかれ、交わされる喧騒の中に同じ会話の切れ端を聴き取ったのだろう。この作品全部見るべきだと思うかい、と誰かが訊ねた。勿論そうだともさ、と誰かが主張した。新たな状況が発生したんだ、全て見直すべきだ:オペラも、芝居も、映画だって。だが私はもっと他にも見るべきものがあると思うね。そりゃその通りだ、と最初の人物が言った。ソヴィエト型の生活様式は我々の暮らしを貧しくした。中国の同志たちの経験を見るべきだと思うね、と二人目が言った。違いない、と別の相手が答えた。中国の、フランスの、全ての経験をだ。区別するのは賛成できないね。ほら例えば、ここのこの青色だ、と誰かが話している。君たち思わないかね、こう少しばかり・・・古臭いって?いや、逆だ。ソヴィエトから断ち切られた今こそ、我々は彼らによるこうした規範の全てを打ち棄てるべきなんだ。何だって?と相手が目をむいた。私はむしろ、そういう規範がすっかり弱体化されている、我々はそこを強化すべきだと思うがね。だったら我々はお互いのことがなんにもわかってないんじゃないか、と最初の相手が憤然と声を上げた。
 ベスニクはあやうく大声をあげて笑ってしまうところだった。二人はやっと気付いたのだ、一方が爪を立て、相手が蹄をかけたことに。[訳註;旧版では「或る程度のイデオロギー的混乱は、作家や芸術家界隈でしばらく避けられそうもないなという思いがベスニクの頭をよぎった」と続く]
 ベスニクは、流れる観客の中を移動し続けた。[訳註;旧版では「放送局の記者が画家に取材していたが、プランヴェラの姿はなかった」と続く]
 数分後、さっきまで激しく言い合っていた二人がもう手を取り合い談笑していたのでベスニクは驚いた。敢えて言うが、同時代の芸術だけじゃない、注意深く観ていくべきだ、と一方が言った。過去の遺産だってそうだ、シェイクスピアに、ベートーヴェンに・・・ゴーリキーも、と相手が付け加えた。民間伝承もだ。一方の視線が相手の上で一瞬止まったが、間もなくその中断を忘れたように喋り続けた。驚くことなど何もない。時間の問題だ。私だって、この件で文化相に直接書簡を出すつもりでいるんだ。
 時間の問題だ、とベスニクは心の中で繰り返した。時間[訳註;原語はkoha]か。言葉は短いが、o-h-aの綴りの中に広がりと吹き抜ける風音があった。何にだって時間の問題だ、彼は再び思った。だが何のためにだ?耳に、さっき聞いたばかりの名前が残っていた:シェイクスピア、ベートーヴェン。本当に、彼らがこの時期に不適切なのだろうか?ベスニクの考えは逆だった。恐らく今だからこそ、彼らはこれまでになく必要なのだ。[訳註;旧版ではここに「何ごともベートーヴェンの交響曲のように響かせなければならない、とエンヴェル・ホヂャはあの劇的な会議の前夜に言っていた。それから冬の列車だ。我々はマクベスの客人だ」と続く。実際、第2部にそういうやりとりがある]ところがあの高級官僚の意見は違う。副文化相に、文化相に、或いは副首相にまで[訳註;旧版では「そして首相にも」]手紙を書き、彼らを追放せよと要請しようとしているのだ。さらば!
 ベスニクは近くで、恐らくチェコ語かポーランド語であろう、スラヴ語の言葉を耳にした。その何人かは、社会主義国の文化担当官たちだった。しばらくの間ベスニクは、それを注意深く目で追っていた。差し当たり彼らも文化の、民主主義の、そしてシェイクスピアやベートーヴェン礼賛の旗を掲げるのだろうなと彼は思った。彼らは我々のことを頑迷で、教条主義だと決めつけるのだろうな、とベスニクは思った。[訳註;旧版ではここに「初めのうち、我々は彼らの馬鹿騒ぎに左右されるだろう。彼らは我々を教条主義と言う、されど彼らは苛立つだろうが、実際、我々は幾つかの点で教条的なのだ」と続く]我々が頑迷であることは認めよう、ただ彼らと同一視されたくないが故に。我々は万事において彼らと逆のことをしよう。諸君は平和を、繁栄を、シェイクスピアを称賛する?我々にとってそんなものはどうでもいい。我々は悩んだりしない。それは一時的なものでしかない。間もなく彼らは自分たちの偽りの旗を投げ捨てることだろう。彼らシェイクスピア礼賛者が自分たちの作家を投獄するだろう。平和の礼賛者たち(一方、我々はただ単なる戦争礼賛者でしかないというわけだ!)、つまり彼ら哀れな平和愛好者が、確実に何処かの国を攻撃し支配することだろう。そして時が経ち、耳をつんざくような彼らの馬鹿騒ぎから解き放たれ、徐々に見通しがきくようになれば、我々は理解するだろう、真に教条的だったのは彼らの方であり、反シェイクスピアで反ベートーヴェンだったのは彼らのほうであり、弾圧者の大国こそ反芸術的なものでしかあり得ず、そして・・・
 その時、客たちの喧噪の中に、彼は変化を感じた、始めは空白のようで、それから新たな、より規則正しい喧噪となった。ベスニクが振り向くと一枚の絵画の前をゆっくり進む一団の中に、見知った共和国議長の顔があった[訳註;ここは全ての版で“Presidenti i Republikës”となっているが、当時のアルバニアに大統領(Presidenti i Republikës)制はなく、人民議会幹部会議長Presidenti i Presidiumit në Kuvendin Popullor)が国家元首に相当した。ちなみに当時実在の議長はハヂ・レシ(Haxhi Lleshi)]。社会主義諸国の文化担当官たちは、今来たばかりの議長から目を離さなかった、その表情の中の冷静さが真実のものなのか、それともそういうふりをしているだけなのか探ろうとするかのように。ベスニクにはそんな彼らが、客たちの中を動き回った一時間というもの、この展覧会全てが偽りの冷静さと無関心以外の何ものでもないことを明らかにしようと必死になっているようにしか思えなかった[訳註;回りくどい訳ですが、原文もこんな感じです]。今夜彼らは電報を送り、その文字列はすぐさまビザンティン・タタール帝国の全領土を飛び回ることだろう。
 あらまあ、もう空港で働けないわ、とスカンデル・ベルメマの小太りの細君が夫に言っていた。無理よ、絶対無理よ、と彼女は繰り返した。ああ何てことかしら、あそこはどうなるのかしら。あなた聞いた?アルバニア人と結婚したロシア人の奥さんたちも出国してるって。それも子供まで連れて。別れね、涙ね、悲惨ねえ。これって、あなたが書いたあのがらくた[訳註;原語dokërrは瘤、突起、根粒等を指す。転じて、くだらないもの、空疎な言辞]芝居そのものだと思わない?あらごめんなさいね、あなたのことを言ってるわけじゃないのよ。構わんさ、と相手は冷静そのものだった。
 向こうの方に集まっている人々が、「イタリア人捕虜を交換するクルツュラ[訳註;Këlcyraはアルバニア南部の都市]の老婆たち」という絵の前で議論していた。こうした事実は一般的には稀なことであり、それゆえ画家がこのような絵画を描くのは望ましくないと語る者たちがいた。それに反対する者たちもいた。ベスニクはイタリア人捕虜交換の経緯を知っていた。それはクルツュラの市場で数週間にわたって行われていたのだ、南部が解放されたばかりの時期で、新たな権力はまだ確立していなかった。日曜の市で、クルツュラの老婆たちは卵や鶏や家畜と共に、イタリア人捕虜まで交換しようとしていた、彼らはイタリアの敗走後にドイツ軍に追われて周辺地域の農家に隠れ場所を求めていた。機械工や運転手がその他の技術によって、村人たちの必要に応じて交換された。絵の中には、居並ぶ皺くちゃの老婆たちのどうでもよさげな表情と、その老婆たちの前に様々な姿勢で座り、幾人かは頭に手をやったまま、雇主の入れ替わりを待ち受ける色褪せた服の捕虜たちが描かれていた。ベスニクが聞いたところでは、この捕虜たちは逃げようとせず、何処に逃げたらいいかもわからないでいたという。彼らはどんな主人にも唯々諾々と従い、食事と保護がありさえすればそれで満足していたと。
 ベスニクは絵から目を離さなかった。皺くちゃの老婆か、と彼は思った。世紀にわたる錆、太古からの無感動が、その全存在の中にあった。
 ベスニクは更に、会場の奥へと進んだ。そこかしこで、ずっとまばらになっていたはいたが、まるで嵐の終わりの稲妻のように、カメラマンたちがフラッシュを焚いていた。今や喧騒が三つ目の部屋全てを満たしていた。 [訳註;旧版ではここに、別の作品について論争する人々のやりとりが挟まっている]
 ベスニクは先へと進んだ。会話の端々があらゆる方向から飛んできた。ここは文学芸術の世界、泡立つ塩辛い海だ。その中にもまた闘争がある、ベスニクはそう思った。そらあの頭だ、垂れ下がった髪もすっかり真っ白で、濡れて殆ど透き通っていて、不思議なほどにクラゲそっくりに、彼の傍らをゆらゆら浮かんでいる。ここの、この青は気に入らないね、とその頭が、柔らかに揺れ動く人混みの中を浮き沈みしつつ喋っている。ベスニクは歩みを進めた。耳元に四方から言葉がやって来る・・・本当にT. Gj. は国外へ去るだろうか?・・・いやないだろう。党の総路線にはいささかの変更もない・・・あいつに15000レク貸してくれと頼んだんだ・・・謝礼もでかくて・・・目下のところ、何処も建築はますます難しくて。封鎖でやられたのはとりわけ・・・妊娠したって?・・・頼むよ、頼むから・・・そんな馬鹿な・・・そんな馬鹿な・・・でなければ・・・
 ベスニクが美術館を出たのは8時頃だった。通りは冷え切っていた。同盟広場には立てられたばかりの大型のスローガンが灯りに照らされていた:「ソ連の恫喝に、否」。彼はニュースの時間までに編集部に着こうと、足取りを速めた。[訳註;旧版ではこの後、妹ミラが町のカフェの店内に若い男と一緒にいるのをベスニクが見かけ、父の死と弟ベニの入営でミラが自由を得たのだと実感するくだりがある]

 夜のニュースで、ラジオ・ティラナは極めて激しい言葉を用い続けていて、そこかしこに、ソヴィエトによって脅迫が行われたことを感じさせた。その二時間後、国営アルバニア通信の声明が出され、それは公にされた。更に労働者からの投書の中でもフルシチョフは「カラスを追い払うかかし」呼ばわりだった。ヴロラ基地や、一部潜水艦の撤退についてはこれっぽっちも触れられなかった。深夜のラジオ・ティラナは長時間にわたって昔の革命歌や行進曲を流し、そのすぐ後の最後のニュースの時間では、アナウンサーが心揺さぶるような声で「アルバニア労働党中央委員会からソヴィエトの共産主義者たちへの公開書簡」を読み上げ、ソ連の労働者によるフルシチョフ打倒を呼びかけた。

 彼は重い喪失感から突然に目覚めた。外は土砂降りだった。彼は自分自身の中に真っ黒い水の溜まった穴があるように思われた。ザナ、と彼は思った。こんなことがあるのか?まるで眠気も覚めないままベッドから起き上がり、窓の近くへ向かった。外の何もかもに水滴が流れ、したたり落ちている。何故こうして離れ離れなのか、何故・・・別れの痛みが、会いたいという思いが途方もない規模に拡散し、木々もまばらな灰色のツンドラのように広がっていたのが、突如として凝集し、厚みを増し、耐え難いほど明瞭にその姿を現してきた。
 外は雨だった、まるで世界が一切の問いかけも一切の言い訳も許さないかのように。彼にはわからなかった、自分はいつまでこうしていただろう、何も考えられず、とりとめもなく、ただ独り、孤独と向き合ったままで。自分は彼女のことをどうにか忘れたつもりでいた。実際、彼女のことを思い出すのもずっと稀になっていた。それがどうだ、こんな雨の真夜中に・・・
 彼は、自分の無防備な心にこそ今助けになるのは言葉であり、理由付けであり、推測することであると思った。喪失感、その大きく真っ黒な獣は、不意に彼の表層に立ち上がり、そして再びゆっくり内奥へと沈んでいくのだった。間もなくその姿は完全に没し去り、後には水のごぼごぼと鳴る音が残った。
 痺れたように彼はベッドに向かい、身を横たえるとすぐさま眠りに落ちた。

 何てえひどい雨だい、と清掃人レマは声を上げ、薬局の屋根の下へともう一歩下がった。そこの窓ガラスの、ちょうど彼の右肩の辺りに蛇[訳註;薬局のシンボル。第1部冒頭で既出]がいるのに気付いて少しだけ移動した。レマはひとしきり雨に対してぶつぶつ言っていたが、やがて雨がどうでもよくなると、またもフルシチョフに毒づき始めた。
 レマ・フタはきっと、ソヴィエトとの断絶を知らされた最後のアルバニア人に違いない。彼は報道声明があるまで何ひとつ聞かされていなかったばかりでなく、共和国全土が憤怒に沸き立っていた水曜と木曜の二日間にさえ何も知らされていなかった。というのもその二日間、彼は1月11日の祝典[訳註;1946年1月11日に国民投票で王制が廃止され、アルバニア人民共和国の成立が宣言された]での残業の後で休みを取っていたからだ。おまけにちょうどその水曜と木曜、彼の妻と娘は結婚式に呼ばれてカヴァヤ[訳註;Kavajëはティラナの西約30kmにある町]へ出かけており、そのためレマは48時間自宅に閉じこもっていた。何が起きたのかを彼が知ったのはやっと金曜日になってからで、あと1時間で深夜に入るという頃、彼が仕事場に顔を出した時のことだった。おい聞いたかレマ、とドゥラ・チュクスィが話しかけた。フルシチョフはおしまいだ、と。死んだのかい?とレマは不安の余り声を上げた。もっと悪いぞ、とドゥラ・チュクスィが言った。あいつは変節漢になり下がったんだ。やめろ失せろ、あっちへ行っちまえ、とレマは言った。
 アルバニアを訪れた全ての外国指導者たちの中で、レマはフルシチョフが一番のお気に入りだった。その見た目、庶民的[訳註;原語bablokは「旧友」「親父」、転じて「飾り気のない人」「気のおけない相手」といった意]な振る舞い、そして何より演説の中に織り交ぜられる軽口が気に入っていた。彼は人情味があるよ、ドゥラ・チュクスィだってそう言っていた。俺は親父を思い出すよ、彼に幸あれだ。
 レマは薬局の屋根の下で一層身を固くした。
「はっ、くそったれめ[訳註;逐語訳は「売女の息子」]」とレマは誰に向かってなのか、雨に対してかフルシチョフに向かってか自分でもわからぬまま声を上げ罵った。一週間というものこのレマは残業して、お前のために撒かれた路上の花びらを掃いて廻ったんだぞ、と彼はひとりごちた。あれ程の花を、最低な奴のために・・・
 レマは長いことその場に立ったまま、休みなくぶつぶつ言っていたが、そのうち降り始めた時と同様、急に雨が止んだ。レマはしばらくの間、アスファルトの上の水量が減るのを待っていたが、やがて箒を憤然と動かし仕事にとりかかった。彼はひどく腹を立てていた。箒の先で何かの紙切れや、コンサートの入場券や、美術館の展覧会の招待状や、国名と各首都での出来事が書かれた新聞の断片が激しく飛び跳ね始め、今やそれはレマの箒の先で、あたかも宇宙の嵐を前にして、儚く移ろっているかに見えた。
 恐らくずっとこうして、足で踏みにじられボロボロになったものばかり見てきたせいだろう、レマには新聞に対する敬意の念がまるで無かった。たぶん昼間は、それらに何がしか重要性があったのだろう、それがどうだ、レマにとっては昼間以上に高貴で理知的な夜が訪れるや、新聞たちもまた尾羽うち枯らした群れと化すのだ。レマは人生を通して一度たりとも新聞を読んだことがなかった。しかしこの金曜の夜、彼は今まで一度もしたことがないことをした:身を屈め、地面からその切れ端を拾い上げたのだ。まるで自分の恥ずべき所業を誰かに見られてはいまいかと恐れるかのように周囲を見回し、それからゆっくりと、文字の判別に苦労しながら、残された見出しをどうにか読みとった。そこにはまさに彼が求めていたもの、フルシチョフの名があった。レマはゆっくりと読んでいった。「背教者フルシチョフ」の文言を彼は「嘘つきフルシチョフ」と読み、それが意味するところに満足した[訳註;原文で「背教者」はラテン語由来の外来語renegat、「嘘つき」はrrenacakで、後者の方がより日常的]。彼は新聞の切れ端を上着に収めると、箒を動かした。箒が動くのにつれて、レマは再び怒りがこみ上げてくるのを感じた。遠くにソヴィエト大使館の、高く暗い建物が見える。鉄柵の前を、黒いコートを着た警官たちが動いていた。建物の階の一つに灯りがついている。レマはひとしきり声を上げ罵った。だが彼の怒りは治まらなかった。むしろ逆だった。特に理由もないまま、レマはしばらく箒と格闘しながら、畜生め、あばずれめと言っていたが、そのうち自分が四つに裂かれるような恐怖にかられ、仕事に戻った。格闘しなければならないような気がしたのだ。だが辺りに人影はなかった。町の大時計が三度鳴った。レマは時計にも毒づいた。その時、旧「クリミア」バーの、遠くで霧に包まれてぼんやり光る照明が彼の目に止まった。ひとしきり自分自身と闘った末、レマは彼の清掃人人生の中で一度もしたことがないことをした:勤務時間に一杯ひっかけに行ったのだ。
 旧「クリミア」バーは殆ど空っぽだった。レマは入口に箒を置いていった。
「コニャック一つ」と彼は、眠そうにしている給仕に言った。
 レマはコニャックをひと息にあおると、辺りを見回した。テーブルに突っ伏して寝入っている客が一人。その向こうで別の客がコーヒーを飲んでいる。床のタイルは濡れていて、そしてレマは、訳もわからず泣き出しそうになった。彼が出口に向かおうとした時、バーに入ってきた男が一人。その男は小さな両瞳をキラキラさせ、滑稽なボルサリーノをかぶっていた。その視線は、レマの視線にぶつかるや、がっしりと張り付いた。それから見知らぬ男はカウンターに近付くと、鼻に皺を寄せた[訳註;不満を表すしぐさ]。レマは振り返り、その男の一挙手一投足に注視した。男は来るなりカウンターの匂いを嗅いでいた。
「孕んだ蛇の小便みたいな匂いがするぞ」と男が言った。
 レマの頭にコニャックが降り注いだ。30秒とかからず、二人は互いの首元に摑みかかり、激しい罵声を浴びせ合い、それこそどちらかがこの地上から消え失せない限りこの格闘に終わりは訪れないかのように思われた。ところが二分と経たないうちに二人は抱擁し合い、杯を交わし合い、友情を誓い合っていたものだから、給仕は疑り深い目つきのまま、自分がついさっきまでけたたましい騒動の始まりを見たことが信じられないという気持ちで、その感動的場面を眺めていた。
 レマがバーを出た時、時刻は五時近くになっていた。街灯はついていたが、霧のために建物はぼんやりして見えた。レマは再びフルシチョフの不誠実を思い出し、はらわたが煮えくり返ってくる気がした。そこの道路は自分の担当ではなかったが、手を動かさずにはいられず、彼は箒をアスファルトに数回だけ下ろした。すると前にもまして怒りがこみ上げてきて、彼は声を上げて罵り始めた。中央公園の横を通っていた時、まさにその場所でフルシチョフが二年前に木を植えたことを思い出した。当時その木がどれほど話題に上ったことか、レマはよく憶えていた。詩だって、いやオペラや芝居だって、呼び方は何だっていい、作られたんだぞ。レマはふつふつ煮えたぎっていた。
「くそったれが」レマは声を張り上げた。「俺がきさまの木に思い知らせてやるぞ」そして彼は勢いよく公園へと突き進んだ。その木を探し出すのは難しいことではなかった。傍らに白い大理石の板があった。レマはその木の前に立った。木はまだ小さく、水けを帯びた葉が軽く揺れていた。一瞬レマはその木を気の毒に感じたが、それが植えられた時のことを思い出すと、荒々しくボタンを外した。その時、自分の肩に重々しく手がかけられるのを感じた。レマはぶるっと震えて振り向いた。目の前に警官が一人立っている、その身長は青いコートのせいで一層高く見えた。
「そこの民間人」警官はレマの肩を摑んだまま重々しい声で言った。「一緒に来てもらいましょうか」
「何で?」レマは訊ねた。
「あなたは公共秩序を毀損した」そう言って警官はレマを軽く前へ押しやった。
「何だその共和国ってのは」レマは言った。「俺はこの木にひっかけてやろうってんだ」
[訳註;警官は“rendi publik”(公共秩序)と言ったが、レマは“republikë”(共和国)と聞き間違えている]
「まさにあなたが今やろうとしているのが公共秩序の毀損に当たるんですよ」そう言って警官はまたレマを押しやった。
「さっぱりわからんぞ[訳註;原文は「アルバニア語で言え」]」レマは言った。「あんたの言ってることはわけがわからん」
 警官はコニャックの匂いを嗅ぎ取った。
「歩きなさい」と警官は厳しい口調で言い、レマをぐいと押した。
「押すなよ」レマは言った。「あれはフルシチョフの木だぞ、しょんべんかけてやる」
「そのような行為は禁止です」警官が言った。
「だってあれはフルシチョフの木だぞ」レマは言った。「フルシチョフは裏切り者だ、あんただって知ってるだろう?」
「歩きなさい」警官は言った。
「あんたの目は節穴か」[訳註;逐語訳は「お前は世間に遅れているのか、カッコウよ」。カッコウ(qyq)は「家族のない男、惨めな男、腰抜け」等の比喩]
レマはそう言いながら歩きだした。「いや失敬、あんたも警察かい」
「もう喋るな」警官が声を上げた。
「孕んだ蛇の小便よ」レマは言った。
「何だって?」警官が言った。
 レマは答えなかった。
「何をそうぶつぶつ喋ってる?」警官が問いつめた。
「こっちの話さ」レマは言った。
 警官はまたレマを押しやった。
 警察署では、レマの件はあっさり片付いた。短くまとめられた調書には、レマが警官を「蛇」呼ばわりした件を除けば、全ての事実が盛り込まれていた。レマは釈放されるのを待っていたが、担当の刑事はしばらくレマを何かしら考え込むように見つめていた。彼には全く理解できなかった、三日前なら重い罪に問われたであろう行為なのに、今はおとがめなしであるということが。法律も条文もそのままなのにだ。レマは立ったまま、自分が目に見えない機械のベルト[訳註;旧版では「それなくしては国家の存立が不可能となる歯車の一つ」]に絡まっていることも気付かないまま、ただ待っていた。
 刑事は時計を見て、書面に何か書きつけた。間もなく警察車輌はこの被疑者[訳註;旧版では「被逮捕者(i arrestuar)」、決定版では「被拘禁者(i ndaluar)」]を乗せて首都の警察分署へと向かった。鉄格子の嵌まった車の窓から、明け方の薄もやの中、レマは通りの建物を、歩道を行く人々を、意味も無く踊るように蠢く彫像の一群を見ていた。はっ、レマ・フタよ、彼は自問した。この歴史全てにお前だけが責めを負っているのか。すると急に、それが余りにも不公正なことのような気がした。彼はぶるぶると歯噛みして、両手で車窓の鉄格子を摑み、叫んだ:「フルシチョフを倒せ!嘘つきフルシチョフを倒せ!」
 交差点を横切ろうと急いでいた通行人の幾人かが振り向いたが、それらの顔はもやの向こう側に遠く離れたままだった。

3
 ティラナに朝が訪れようとしていた。この目覚めが郊外から町へ牛乳運搬車と共にやってきたものなのか、それともこの時、目覚めの予兆を郊外へともたらしていたのは町そのものだったのか、判別するのは難しかった。郊外から来る路線バスは、眠気のように表面を真っ白く覆った霜によって見分けがついた。
 カフェや小さなバーは開いていて、人々はサンドウィッチに大急ぎでかじりつき、油の沁みた包み紙には注意を払わなかった。また別の人々はコーヒーを飲むと、カウンターに金を放り出し、足早に歩道へ向かい、マッチを数本ダメにしながら最初のタバコに火をつけた。重々しく動く市内バスの間を、冷たく、謎めいたトラックが駆け抜けた。人々は小さなキオスクで新聞を買ったが、陽の光はまだようやく見出しが読める程度のもので、人々は後で読むつもりで新聞を折りたたんだ。しかし次の交差点で車が通過するのを待つ間にはもう忘れてしまい、それを再び引っ張り出してどうにか数行でも読もうとするのだった。人々は、湿ったセメントの屋根のように、誰の目にもはっきりと町の上を覆っているように見える空の、ほんの微かな光を探ろうとするように、視線を上に向けていた。それは至るところ封鎖されたような空だった。まさに途方もない空。[訳註;原語stërqiellは「超~」「極~」を意味する接頭辞stër-と名詞qiell(空)から成るカダレの造語]
 交差点で、ナンバープレートにTR17-55とある赤いトラックの後ろを、警察の護送車が通り過ぎた。叫び声が聞こえた。車の窓から人の頭が見えた。その人物はこう叫んでいた:「フルシチョフを倒せ!嘘つきフルシチョフを倒せ!」通行人たちはぎょっとして振り向いた。赤いトラックの運転手も首を突き出し、赤みがかったごわごわの巻き毛が風に荒れ狂っていた。他の人々も歩道で立ち止まったが、その間に車は急速に遠ざかっていった。通行人の中の二、三人はもう一度ポケットから新聞を取り出すと、それを見た。見出しは多かれ少なかれ、こんな感じだった:「ソ連の恫喝に満腔の怒りを」「ユダ・フルシチョフに否!」警察の車と、そこに捕まっていた男の姿は既に見えなかった。少なくとも彼は「フルシチョフ万歳」と叫ぶべきだっただろう、でなければ彼が捕まったことに説明のしようがない。
[訳註;「倒せ」は“poshtë”。「万歳」は“rroftë”]
 道路は交通量を増していた。霧は晴れつつあったが、地平線はなお浸食され続けているように見えた。町の大時計が六回鳴った。
[訳註;旧版ではここに次のような段落がある;
「それは幾万という夢たちにとって破局の刻であり、急速に形作られ、日中の圧迫の下、殆ど恐慌に近いものとなっていた。それらの夢は崩壊しつつあった。人々は痺れた眼のまま、夢の廃墟から起き上がり、のろのろと、おぼつかない足取りで冷蔵庫へと向かい、そこを開けるや、突然の殺菌された光に目を眩まされる。今も路上では、彼らはまだ自らに眠り薬を投じているかに見えた。」]

 バスの運行は増え続けていた。牛乳運搬車はひしめき合った空の容器をカチャカチャ鳴らしながら去っていく。他のカフェも開き始めた。オートバイに、マイクロバスに、滅多に見ない乗用車も走っている[訳註;当時アルバニアで自動車の個人所有は禁じられていた]。死亡通知の表に、紙を貼っている人物がいた:『我らの愛する母ヌリハン、79歳が、短い患いの果て、子供と親戚縁者全てを悲しみの中に残し他界したことを、深い痛苦の念と共に、ここに通知する。葬儀は本日、午前11時より執り行われる。クリュエクルティ家』
[訳註;アルバニアやコソヴァには、家族の死亡通知(写真入り)を地域各所に貼り、葬儀に案内する習慣がある]
 その人物は、紙の上に掌を当てて糊を押し広げると、その場を立ち去った。その横を、赤みがかったバス[訳註;初版では「4番線の」とあり、また仏語訳のみ「銀行-スタジオ間の」とある]が一台通り過ぎたが、その埃だらけの車体には誰かの指でこう書いてあった:『アドリアナがゲントとキスしてた』バスの中では人々が立ったままひしめき合っていた。[訳註;旧版ではこれに続けて「水蒸気で曇ったガラス窓に、『君は封鎖に抗して今日何をした?』のプラカードの大文字が歪んで映っていた」]
 いつもの通りその時刻、ラジオ・ティラナは軽快な音楽を流していた。時々、何ひとつ変わっていないような気もした。しかしキオスクでは飛ぶように新聞が売れていた。朝の喧騒の全てがそれらのキオスクから水のように流れ出し、町中を潤しているように見えた。スカンデルベイ広場では各省庁の、青銅製のボタンが埋め込まれた重々しい扉へと、職員たちが急いでいた。ロク・スィモニャクは骨董店の鉄製の鎧戸を上げると、中へ入っていった。妙な日だな、と彼は思った。店内には、商品に張られたビロード地と、それらの古めかしさとから共に醸し出される、変わることのないあの静寂があった。それらの商品のかつての所有者も、一部は既に死んでしまったのだと思うと、その沈黙はさらに揺るぎないものになった。
 彼は店内のショウケースに目をやり、身を屈めてそこにあるものの配置を変えようとしたが、そこでふと気が変わった。しばらく彼は外を眺めた。彼の商店からは小さな公園の一角が見えたが、そこの柵はここ数日塗り直しが行われていた。
 本当に妙な日だな、彼は思った。どういうわけだか何時もより早く目が覚めた彼は、時々朝になると生じる吐き気を感じていたがそれを抑えて、普段の習慣に逆らい外へコーヒーを飲みに出たのだ。その日の朝はまるで別様だった:まさに新聞の嵐だった。特に忘れられないのはあの警察の車と、その車の中から「フルシチョフを倒せ!」と叫んでいた男だ。何だったんだあれは、と彼はつぶやいた。ラジオのアナウンサーが二日前から言っている通りのことを連呼したに過ぎない人物を、監獄送りにするとは?何かしらの転回があったのだろうか?それを訊こうにもカフェに顔見知りはいなかったが、隣のテーブルの人が折りたたんだ新聞をポケットに突っ込んでいたので、そこからのぞいている字面だけかろうじて読むことができた:「・・・はソヴィエトの恫喝に相応しいものを。こうした困難な時に・・・」
[訳註;最初の「・・・」の部分は原文では“...rgjigje”となっている。恐らく“përgjigje(返答)”]
 歩いている途中、外務省の建物の前に勢いよく停められる大型車が目に入った。車からは恰幅の良い、険しい表情の男が出て来たが、ロク・スィモニャクは何度かその顔を、といっても笑顔の方だが、テレビのニュースで見たことがあった。ロクは驚いた:ソヴィエト大使がこんな時刻に?
 そして今、通りを眺めながら彼は、今度は思い乱れつつ思い出していた、青い警察車輌、国旗を立てたソヴィエト大使の車、「フルシチョフを倒せ!」の叫び、そして突然の吐き気。
 店のドアに、ムサベリウの影が映った。
「おはよう」彼は挨拶しながら入ってきた。
「おはよう」と言ったロクの声には微かな驚きがあった。ムサベリウはロクの店で何時間も過ごすのがお気に入りだったが、これほど早くから来たことはなかったのだ。
「知ってるかい?」とムサベリウは入ってくるなり言った。「ヌリハンの婆さんが死んだってさ」
「クリュエクルトのご夫人が?」
 ムサベリウは『そうだ』とうなづいてみせた。
 ロク・スィモニャクの細い目が、ふと店内ショウケースの三つの指輪に向けられた。それが入った箱の、薄い桜色のビロード地の中で、指輪は弱々しい輝きを放っていた。
「ここへ来る途中で死亡通知を見てね」ムサベリウの話は続いた。「死んだとは書いてなかったが、『他界』ってね、昔みたいな書き方だったよ」[訳註;「他界する」と訳したndërroj jetëの直訳は「生を変える」]
「そうかい」店主ロクはごくさりげなく答えた。
「彼女の希望だったんだな」ムサベリウが言った。「故人の希望に沿ったってわけだ」
 それからしばらく彼はパイプをいじっていた。
「その『他界』って言葉を読んでいて思ったね、あの婆さんは自分の老後をずっと、体制が変わることだけ待ち望んでいたわけだよ、だが・・・」
[訳註;体制が「変わる」の動詞ndërrojと「他界する」で用いられる動詞ndërrojをかけている]
ムサベリウの言葉の末尾は、パイプを咥えたために途切れた。「それは彼女の指輪じゃなかったかな、僕の間違いでなければ」そう言って彼はショウケースの中の三つの指輪を指差した。
「ああ」とロクは言った。
 ムサベリウは、店にある品々をロク・スィモニャクと殆ど同じぐらいよく知っていた。
「ただ、あの人が何か買い戻しに来たことは一度もなかった」ロクは言った。
 ムサベリウは悲しげに微笑んだ。
「賢明だったよ、彼女は。時が来るまで何もしなかった」
「時が来るまで?」
 ムサベリウの視線が、きらきら光る針のようにロクに向けられた。一方ロク・スィモニャクの視線はずっと前から一点をとらえる能力を失ってしまっているようだった。すっかり茫然自失で、何にも集中できなくなっていたのだ。
「最後通告の話だよ」ムサベリウが言った。
 ドアを肘で押して、明るい色のコートを着た二人組が店内に入ってきた。店内の様子には目もくれず、彼らは彼らで会話の途中だった。君のところにもう外国の技師はいないのかい?チェコ人が三、四人だけかな、でも連中ももう帰り仕度をしてるよ。で君のところは?誰もいないな。昨日最後の一人が去った、ドイツ人だ。
「何をお求めで?」ロクが穏やかに訊ねた。
ショウケースに半分だけ顔を向け、まるで無頓着に二人は、髭剃りはないかと訊いてきた。
「ここは骨董品の委託販売店ですが」
「ああ同志、こりゃ失礼。雑貨屋だと思って」
[訳註;原語kinkaleriはイタリア語のchincaglieriaに由来し、日用品を主に扱う店を指す。所謂「小間物屋」]
「構いませんよ」ロクは言った。
 二人は好奇心いっぱいで、まるで初めて指輪を目にするように、ヌリハンの三つの指輪に顔を近付けた。一人の上着から、今日の新聞が見えた。不思議なことに、それはカフェで見知らぬ人物が持っていた新聞と同じ箇所で折りたたまれていた。客の一人がショウケースに置かれた品物をよく見ようと身を屈めている間に、ロク・スィモニャクの眼はポケットからはみ出した部分の数行を読み取った:「・・・はソヴィエトの恫喝に相応しいものを。こうした困難な時に労働者階級はこれまで以上に党の下に団結し・・・」[訳註;旧版では後半がもう少し長く、「党と中央委員会の下に団結し、封鎖の重荷をその肩に負いつつ、いま一度示そう・・・」と続く]
 二人はようやく、入ってきた時と同様、無頓着に店を出て行った。
「要するに、最後通告の話だな」とロク・スィモニャクは言った。
 ムサベリウはこう言いたげな風で、ロクを見つめた:あんたが誰よりもこの件についてはよく知っているはずだ。
 確かにここ数日というもの、彼も気付いていたのだ、商品を買い戻そうとする元持ち主たちの来店頻度が、エスカレートする反ソヴィエトのキャンペーンと全く合致していないことに。報道で決裂が明らかにされると彼は、自分の店が48時間以内に空っぽになるだろうと考えていたし、ムサベリウも笑いながら言っていたのだ、自分がまた幾何学の本を書くことになるだろうと。しかし不思議にも、この時起こっていたのは正反対のことだった:買い戻しが減ったのだ。王家の紋章入り食器一式、『高地のリュート』の著者サイン入り豪華本[訳註;『高地のリュート(Lahuta e Malcís)』は北部アルバニアの神父にして詩人ジェルジ・フィシュタによる長編叙事詩。労働党政権下では入手困難だった]、それに、いつもなら一番需要があった聖職者の衣装。ところがそれら全て、噂話が流れていた時の数日間に比べて、極端に売れなくなっていた。たぶんそれらを目にするのが怖いんだな、彼はそう思った。だが心の奥底では、それが原因ではないと感じていた。本当の原因は、関係断絶が世界的に公表されたことにこそある。そのことが自分の客たちを震え上がらせたのだ。彼自身、噂話の日々の時点でそれをよりはっきりと感じてはいたが、その頃は不安もあれば希望もあり、良いところもあれば悪いところもあり、形がはっきりしないが故により大きく見えていた。だが対立が報道で表沙汰になったことが彼らを絶望させた。とりわけフルシチョフの罵言を公にした共産主義者の勇敢さが、彼らを完全に震え上がらせた。彼らがそれを公にするということは何よりも、彼らがその罵言に対して恐れを抱いていないことを示していた。あの時まるでもやのように浮き沈みしつつ漂っていた言葉の全てを、報道は公にしたのだ、それも真っ黒な字で、はっきり見分けがつくように。かくして陽の光にさらけ出され、ヴェールも神秘もなくなると、それらはずっと貧弱なものに見えた。
 ロク・スィモニャクは、それが自分の客たちにとって衝撃だったのだと思った。彼らは失望しているようだった。ずっとずっとこの冬の終わりを待ち望んでいたのに。またあのおぞましいことが繰り返されるのではあるまいか:これはぬか喜びなのか?またぬか喜びで、俺も宙ぶらりんだ、とムサベリウの友人の一人は半泣き半笑いでそう言っていたものだ。
 ロク・スィモニャクは路上に目をやりながら、そういったことをずっと考えていた。ムサベリウは考え深げにヌリハンの指輪を見つめていた。そして彼もまた、視線を上げ店の外へと目を向けた。
 路上は混雑していた。文化宮殿の建築現場を囲う板塀に、新しいポスターが貼られていた[訳註;文化宮殿(Pallati i Kulturës)はスカンデルベイ広場の東にある、正面の「OPERA」ロゴが有名な建物。1959年のフルシチョフ訪問時に建設が始まり、1963年に完成。つまり本作中ではまだ「工事中」]。スカンデル・ベルメマが黒い鞄を手に家から出て来るところだった。階段を下りるところで家の中の電話が鳴る音が聞こえたが、戻ることはなかった。ディアナの陣痛が始まったので、ベルメマ家から電話でタクシーを呼んでいたのだ。時刻は8時半。ジェット戦闘機が一機、単独演習でティラナ上空に時折、白い飛行機雲を描いている。外相は青ざめた顔で、外務省の階段を下りてくるところだった。運転手は、外相が入口に顔を出すのを見るや、すばやく車のドアを開けた。
「中央委員会まで」と外相は何処を見るでもなく言った。
 中央委員会の正面玄関まで遠くはなかったが、それでも外相は絞り出すような声でこう言った:「急いでくれ」
 一箇所だけ、交差点ではしばらく待たなければならなかった。前方を横切る路線バスの、側面の埃をかぶったところに誰かが指先で文字を書いていたが、外相には読み取れなかった。彼はそこから目を離し、再びこう言った:「急いでくれ」

 枕から頭を上げず、横目でアナ・クラスニチは今何時なのか見分けようとしていた。半分下ろしたブラインドカーテン越しに充分な量の光が注いでいたが、時計が置いてあるテーブルは隅の方にあって、歪んで伸びた数字の部分しか目に入らなかった。とうとうアナは腕を伸ばし、時計の文字盤を自分の方に向けた。時刻は8時35分。
 大して遅くないじゃないの、そう思い、彼女はうっすらと目を閉じた。休みの日の割には大して遅くないじゃないの、少しして彼女はそう思った。金曜日は実験室で午後ずっと残業して、今日は休みを取っていた。来週はまた研究所に尋常でない量の仕事が押し寄せるだろう。欧州の或る国でコレラが発生し、ユーゴスラヴィアにも同様の可能性があった。研究所は警戒態勢に入っていた。もしユーゴスラヴィアでコレラが確認されたら、その時は衛生研も数日以内に百万のワクチンを準備しなければならない。それも、外国の専門家が仕事を放棄したこの時期に。一人だけポーランド人がいたが、彼は主に天然痘[訳註;原語li e zezëの逐語訳は「黒い痘瘡」]の担当だった。
 アナは、昨日のコレラをめぐる会話の幾つかを思い出し、完全に眠気が抜けてしまった。鏡を掛けた壁の一部が視界に入ったが、その鏡の前にアナが置いている大理石のかけらは、ヴロラのパシャリマンで発掘されたばかりの円形劇場で最近見つかった考古学的な発掘物の一つで、スィルヴァが彼女に持ってきてくれたものだった。スィルヴァはそれを、彼女自身と若き男性考古学者との恋物語ともども携えてきたのだが、それは干し草の山の中でどうにかこうにか幸福の種を見つけ出せるという陳腐な物語だった(もし私と一緒に時間を過ごすつもりなら、等、等);もう結構、とアナはスィルヴァに言ったものだ。あなたのそういうお悩みにはもううんざりだわ・・・アナは『そういう芝居がかったお悩み』と言いたかったが我慢した。それでもスィルヴァはむっとした。その後アナはどうにかこうにかこの妹の機嫌をとり、何につけ目ざといスィルヴァは恋愛だけでなく、パシャリマンや、最近の考古学界で起きたことについて面白い話をしてくれた。スィルヴァによれば、退去の時ソヴィエト軍がオヌフリ[訳註;16世紀アルバニアのイコン画家]のイコンを盗んでいく危険があったらしい、ちょうど30年代のイタリア軍がブトリント[訳註;アルバニア南部の都市遺跡。第1部で既出]で略奪を行ったのと同様に。そこまでひどいことってあるかしらね、とアナが言葉を挟んだ。そりゃそうよ、とスィルヴァが言った。あの人たちのイリヤ・エレンブルグ[訳註;『雪どけ』で知られるソ連の作家。第2部のモスクワ会議に登場している]を読めば、姉さんには文化的な人間の典型みたいに見えるでしょうけどね、でもそれだからって、ちょっとアルバニアに来た時にレンブラントの絵を盗み出すようなことをしないってことにはならないのよ。アナは開いた口がふさがらなかった。この小悪魔スィルヴァは何処からこんな、誰も知らないような話を聞き出したのだろう。アナはすっかり興味津々で、妹スィルヴァはその有名作家の、たった二日足らずながら、驚くべき訪問をめぐる詳細を語るのだった。絵を盗むには充分よ、とスィルヴァは言っていた。
 アナはまたうっすらと目を閉じた。彼女が自分の趣味に合わせて設えたアパートの小部屋は、暖かかった。フレディが出かける前にストーヴをつけておいたのね、と思いながら彼女は掛布団を肩まで上げた。スィルヴァのことを思い出して、腰に手をやった。子供を作るべき時期だという思いが、頭の中で眠たげにちかちか光った。子供。アナの顔に怠惰な笑みが浮かんだ。小さな手足を休みなく動かし、小さな手足を休みなく動かし、這い回り、アウアウと声を出す小さな生き物が、この満ち足りた身体を破壊し、その線を滅茶苦茶にし、ダイエットも・・・それから、それから、とアナは考えた。彼女は寝返りを打った。頭の中で、寒さでコートの襟を立て、絵の展覧会から出て来る人影がぼんやりと姿を現した。
 数日前にヴィクトル・ヒラ宅の夕食で知った顔だ。姓はストルガ。そう、そうよ、今フルネームを思い出した:ベスニク・ストルガ。それはごくありふれた出会いの一つだった。最初に彼の視線にふと気づいた時、それはごく素朴な、少しだけ興味ありげな視線で、それから顔を合わせて二言三言、言葉を交わして、そしてそれきりだった。それでもアナには、二人の歩む道がまた交わるだろうと分かっていた。スカンデル・ベルメマとはろくに顔を合わせなかった。昨日の展覧会で、木彫りの頭の後ろですっかり硬直したまま、彼は彼女に一瞥もくれなかった。だがアナは少しも気を悪くしなかった。彼女は心が広かった。僕らは一心同体だ[訳註;原語は「二人で一つの頭を持つ」]、彼はいつかそう言ってくれた。大した話じゃない。そういう言い回しを自分に教えてくれたのは他でもない、彼自身だった。アナは先日知り合ったばかりの人物へと再び思いを巡らせた。魅力的だった、といってもアナにとって男の見た目などこれまで何の重要性もなかった;好きな人と出会えるかどうかに、そんなことはどうでもよかった。アナにとっては誰かを好きになることが第一であり、それ以外は二番目で、むしろ煩わしく、彼女はそれらを避けようとさえした。そうして彼女は、そんなこととは知る由もない誰かに一目ぼれしてしまうのだった。恋が成就する可能性はアナ自身でも確信していたが、彼女はそれが実現しないことをむしろ望んでいた。自分が誰を好きなのか、しばしば彼女自身にも分かっていなかった:それはただ単に恋だった。それも、恐らくこの世に存在しないか、或いはかつて生きていた者に対する恋だった。それでも、たとえ彼女自身が恋の指揮権を握ったように思えていても、自分が見捨てられたような気持になる日々もあった。それは、フレデリクによる嫉妬の日々のことだった。その嫉妬は彼女にとって凡庸極まりないものだったが、というのもそもそも、彼女の恋心とは反対に、そこに溢れる名前も日付も居場所も全て、実在のものや実在しないもの[訳註;旧版では「実在しないもの」のみ]だったからだ。当然のことながら、アナの吹けば飛ぶような[訳註;旧版では「揮発性の」]恋心はそんな嫉妬の中で恐れおののいた。それはたちまち枯れ果てて、アナはしばらく抜け殻のようになっていた。時々、彼女は考えた、これから先、彼の嫉妬もたぶん自分の恋心ぐらい普通のものになったら、その時二人はもっとうまくいくのかも知れない、と。
 ベスニク・ストルガ、彼女は心の中でその名を繰り返した。ヴィクトル宅での夕食で、彼と知り合う前、たまたま彼女は、彼がモスクワのあの劇的な会議にいたことを聞いた。そこで彼に何かが起きて、たぶん何かショックを受けて、たぶん何かミスをしでかして、それが原因で党を追放される危機に陥ったらしい。アナはいつだってこういう類の人間に魅了されるのだった。彼女が好きになるのは、人生に紆余曲折がある賢い男たちだった。彼女がスカンデル・ベルメマに恋したのは、彼がその脚本のために新聞紙上で激しい批判の餌食になっていた、まさにその時だった。アナはどんなボクサーでも、それがノックダウン(ノックアウトではない、断じてノックアウトではない)されても両足で立ち上がり再挑戦しようとするや、たちまち恋に落ちてしまうのだった。
 二人の男があの晩、あの誕生日の晩に引き寄せられて来た。一人は、死の考古学とか何とか、薄気味悪い仕事をしている痩せた男で、もう一人はモスクワに行ったことがある。そのモスクワで彼は過ちを犯したが、それが何かは誰も知らない。アナだって知らない。だが彼女には一つだけ確かなことがあった:あの人の過ちは、たぶん壮大なものだったのだろう。
 ベッドの中でアナはうっすらと目を閉じた。自分にどんな幸運が待ってるか、あなたは知らないのよ、と彼女は思った。二人のうちのどちらかとたぶん恋に落ちるだろうという予想が、彼女を霧のようにすっぽり包み込んでいた。既に彼女の眼には涙の可能性しかなかった。アナは、あの二人のうちの一人の頭が、自分の首と肩の間に広がる温かな空間で安らぐ様を思い浮かべ、待ち焦がれた。大丈夫、大丈夫よ、と彼女はその頭に語りかるのだった。
 アナは長いことそのままの状態だった、それは透明で、熱っぽく、そこにあるのはただ愛のみで、他には何もなかった。それから彼女は起き上がると、鏡に向かった。
 アナは服を着替えながら、片手で化粧台の引き出しの中の櫛を探しつつ、もう一方の手を伸ばしてラジオのスイッチを入れた。そして軽く口笛を吹きながら髪をとかし始めた。
 不意に、切りつけるような声が部屋を圧した:「我々の尊厳は貶められた。野蛮な経済封鎖に飽き足らず、ここ数日でソヴィエト政府はその圧力を最終段階に引き上げた」
 アナはしばらくそれを注意深く聴いていた。寒気を覚え、ブラウスの袖を伸ばした。昨日か今日何かが起こった、彼女はそう思った。フレデリクが聞いたところでは、ゆうべソヴィエトの最後の通告、最後通牒か何かが噂になっていたらしい。いずれにしても、大国だ、そう彼は寝る前に話していた。こちらが望もうと望むまいと、向こうの言うことを聞かないわけにはいかないんだ。ところが彼女はその時、復讐じみた喜びを感じながら、モスクワに行った男のことを考えていたのだ、何かを知っているに違いない、そして彼女が好きになってしまうに違いない、あの男のことを・・・アナウンサーの声がゆっくりとしたものになった:「・・・はソヴィエトの恫喝に相応しいものを。こうした困難な時に・・・」
 向こうは何がしたいのかしら?とアナは思った。その・・・最後の通告、最後通牒の後に、一体何があるんだろう?頭の中で何かが駆けめぐった・最後の通告の後に・・・真夜中の後に・・・何か影の地帯が始まる・・・無が・・・
 櫛はずっと、前よりゆっくりと、冷え切った髪の間をすべっていた。じゃ私はどうなるの?彼女は自問した。数日前から、彼女の狂いのない嗅覚が、執拗に警鐘を鳴らし始めていた:今はその時ではない、その時ではないのではないか?・・・まだその時は来ていないのではないか・・・賢く振る舞うべき時ではないのではないか?人生で多くのことを無駄にしてきた、遊び半分で、四番目の次元は鏡の中にあるような、まるでガラス製の世界の中で。でも数週間前から、彼女の宇宙は揺さぶられ、ところどころにひびが入っていた。 「追従国[訳註;原語puthadorは「小間使い」で、転じて「追従屋」等。仏訳・独訳では「衛星国」と意訳されている]の如く振る舞うことは許されない。我が国は数世紀にわたる歴史の中で、幾度もヨーロッパの、或いはアジアの帝国の憎しみに直面してきた。それらの憎しみに対し、我が国は常に憎しみをもって応えてきた。クレムリンの新たなツァーたちにそれ以外の答えなどない。[訳註;旧版ではアナウンサーの言葉はもう少し長く、「戦いを求められて我々がそれを避けたことはない。我々は戦いを受け入れ、鋼鉄の運命の下、幾世紀も進むことを受け入れてきた」と続く]
 アナは肩を震わせた。雷光の如く、彼女の身体を「村は燃え、彼女は・・・髪をとかす」[訳註;この表現は第3部にも出ている]という言葉が駆け抜けた。じゃ私はどうなるの?彼女は再びつぶやき、そして櫛が手から落ちた。

 10時15分。中心部の通りには異様な活気があった。カフェも満員だった。しわくちゃになった新聞が、テーブルに無造作に放り出されたその上で、人々は肘をつき、或いはタバコの灰を振り落としていた。ラジオは交響曲を流していた。大通りに氷のような冷たい風が吹いていた。スカンデル・ベルメマはコートの襟を立てた。公園の傍らでは大きな鋏を持った地元の労働者が枝を剪定している。間もなく三月だったが、春の兆しはまだ何もない。ミモザも凍えきっていた。噂になっていたのは、ソヴィエトの最後通牒だった。
 本当に三月は遠いように思われた。そして三月の終わりと四月の始まりの間には、人々が言うところの「老婆たちの三日間」があった。自分の日数が終わりかけていた三月は、二月のところに出向いて三日間貸してくれと頼んだが、それは、誰かしらを始末するのにそれだけ必要だったからだ。[訳註;春を呼ぶ3人の老婆を疎んだ冬が、2月から借りた3日間をかけて3人を凍死させ、結果、2月は3月より3日だけ短くなった、という民話がある。なお「始末をつける」と訳した動詞thajには「乾かす」の他、「殺す」「凍りつかせる」等の意味があり、仏訳、独訳で表現が異なる]
 一体ソヴィエトはどんな期限をつけてきたのだろう、と彼は思った。そして、もしそれで足りなかったら?と続けて思った。俺たちを何もかも一緒にして始末するのに、どう時間を見つけるというのだろう?あの中世の、何処かの二月から借りてくるのだろうか、それとも一月から?
 冷え込んでいた。道行く人々は肘が当たっても詫びを言うでもなく、無造作に通り過ぎた。ラジオは交響曲を流し続けている。外相はエンヴェル・ホヂャの執務机の前に立っていた。エンヴェル・ホヂャも立っていた。彼は時計を見た。
「もう35分もない」彼は言った。「11時には向こうも確実に断交するだろうから、もう今からラジオと新聞で発表してもいいだろう」
「発表は即刻行うべきだということですか?」
外相が訊ねた。
「即刻だ」エンヴェル・ホヂャは言った。「正午のニュースで」
 閣僚がドアから出て行くや、エンヴェル・ホヂャは秘書の一人を呼んだ。
「12時に、国防評議会を招集する」
 秘書は一瞬身を引き締めた。国防評議会。その名前の響きは、その秘書の耳には馴染みのないものだった。人民議会幹部会、政治局、中央委員会書記局、民主戦線指導部と、エンヴェル・ホヂャが加わっているこうした組織の名であれば全て秘書も聞き知っていたが、しかし国防委員会とは・・・長いこと中央委員会で働いているが、そんな会議は一度も招集されたことがなかった。彼はその存在すら疑っていた・・・[訳註;旧版では「長いこと中央委員会で働いているが、その会議の名を耳にしたのは二回きりで、詳しい内容までは知らなかった。国防評議会。その名には何処か古めかしく、切迫したものが感じられた」]
 エンヴェル・ホヂャはドアの方へと視線を遣った。秘書は出て行った。広い部屋を満たす静寂は、その存在自体が聞こえてくるかに思える類のものだった。四台ある電話機は、奇妙な角度で転倒しているように見えた。机の上には軍の諜報部による、ここ数日のワルシャワ条約軍の動向についての短い報告があった。こんなことになるとは、と彼は思った。社会主義陣営に対する自衛のために国防評議会を招集することになるとは。今まで何度も、飛行機でその上を行き来する度に地球の、今は共産主義となった誇りある領域の広がりに驚嘆したものだった。その次元に圧倒されてあの時は気付かなかったが、マレンコフの紅潮した顔[訳註;旧版では「モンゴロイドの顔」]は、遠方で蠢く微かな、かつ明白な兆しとして、既にモスクワで権力闘争が始まっていたことを告げていたのだ。
 今や陣営全体が、打倒されたブルジョア体制の血に濡れた外套を両肩にまとっている。ケンタウロスの呪われた外套だ。遅ればせの復讐だ。
[訳註;旧版ではこの段落の最初に、エンヴェル・ホヂャがマレンコフの赤くなった額に、労働者階級の権力闘争で負う傷の予兆を見るくだりがある。またこの段落の次にエンヴェル・ホヂャが軍諜報部の報告に目を通し、壁に掛かったアルバニアの地図を成長できず圧縮されて縦長に伸びた人体に見立て、最後に「野蛮人どもめ」とつぶやく別の段落が続く]
 10時30分。道路は交通で引き裂かれようとするかに見えた。全てが渦の流れのように動いていた。午前中ずっと[訳註;旧版では「人民からの投書を扱う部門で」とある]働いていたベスニクはコーヒーを飲みに外へ出た。どの店にも席はなかった。町の大時計の鐘の音が、灰色の空へと寂しく上っていった。ベスニクは時計を見た。通行人四、五人も自分たちの時計を見た。昨日からずっと、最後通牒なるものが噂になっていた。何となくベスニクは、路上で時計を見る人々に注意を向けるようになっていた。あれだけの時計が全部、何処から出て来たのだろう?結局コーヒーは立ったまま飲む羽目になった。ラジオは交響曲を流している。一方、コーヒーを用意しながら給仕は別の客と、先週日曜日のサッカー選手権について議論していた。ベスニクはカフェを出て、同盟広場に向かって歩き始めた。もし最後通牒に類するものが本当にあるとしたら、その最終期限もあるはずだ、と彼は思った。朝からずっと、大時計の鐘の鳴る音が窓越しに響くたび、これがその最終期限ではないかと彼は思った。
 ベスニクが編集部へ戻る途中、時計が11時を告げた。車列の中を、大きな黒い自動車が小さな旗を風にはためかせながら、急ぎ同盟広場へと走り抜けていった。車は警官の交通整理で一時停止した。その傍らを通り抜けようとしたベスニクは車中のソヴィエト大使に気付いた。ベスニクは向かいの歩道で立ち止まり、車が何処へ向かうのか見定めようとした。大使は時計を見て、恐らく運転手に『急いでくれ』と言っているらしかったが、警官はまだ通行可の身振りを見せなかった。反対車線から広場を抜けていく葬列があった:霊柩車と、それにバスが二台。ベスニクは、今のバスの窓越しに見知った顔を見たような気がした。あれはチェロ奏者・・・ザナのご近所の・・・たぶんそこの、氷のような眼をしたあの婆さんが死んだんだな。彼がすぐさまそんな思いを振り払い、大使の車に目を遣ると、それは「殉国者大通り」へと向かうところだった。
 外相は時計を見た。1分経っていた。執務室の大きな窓の傍に立つと、大通りの落葉した樹々と放送局の建物と、その屋上から伸びる何本ものアンテナが見えた。何て長い午前だろうな、と彼が思ったまさにその時、車列の中の、赤旗をつけた細長い車体が目に入った。来たな、そう言って彼は身をこわばらせた。車は角を曲がり外務省前の路上へ入ったが、その時外相の頭に、彼の意志とは全く無関係に浮かんだのは、ローマからの使者コルネリウス・コルンカヌスがテウタ女王の座に続く階段を上がりローマ側の最後通牒を突きつけた時のことだった。誇り高き女王は最後通牒を激しく突き返したが、そのローマの使者が女王を侮辱すると、女王は彼を殺せと命じたのだ[訳註;この事件が第1次イリュリア戦争(紀元前229年)のきっかけとなる。なおポリュビオス『歴史』では「コルンカニウス」]。あの男も今、その時と同じように階段を上がっている、そう外相は思ったが、違うのは、今そうして階段を上がる歩みはゆっくりしたもので、それはあの男が太り過ぎだからだ、それに、自分は女王ではない、それに・・・(彼は一瞬、賢明なる儀典課長が階段上でソヴィエト大使を殺そうと素早くその背後に回る様を想像して吹き出しそうになった)それ以外も全て違う、違う、違う・・・
 大使が入ってきた。その視線も、表情も、口元も、憂鬱にして同時に厳粛な面持ちを作り出そうと必死だった。その顔についた余分な脂肪が、厳粛な憤怒の念を、長続きしない腹立ちへと変えてしまっていた。外相は机の向こうに立ったまま、相手から視線を外さなかった。大使は鞄からソヴィエト政府の声明を取り出し、それを読み上げた。アルバニア人民共和国との外交関係断絶に関するソ連政府の決定が知らされ、そして声明では、社会主義諸国間の歴史上重大かつ前例のないこの行為の責任は全てアルバニア人民共和国政府にあると述べられていた。大使が声明を読み終えると、外相も短い声明を読み上げたが、その中では、両共産主義国間の外交関係断絶に関するソ連政府の決定が世界と共産主義の歴史に前例のない[訳註;旧版では更に「特異で、悲劇的な」]行為であること、またこうした行為でソ連政府が未来永劫続く恥辱を負うことが強調されていた。
 外相が最後の言葉を口にするや、大使は背を向け、挨拶もなく、部屋を出て行った。外相は深く溜め息をついた。そうだ、この件もしまいだ、と彼は思った。時刻は11時15分。ヌリハン婆さんの亡骸を乗せた葬列はバイロン卿通りを抜け、今は松の木通りを通って首都西部の墓地へ向かうところだった。バスの中で、ハヴァ・フォルトゥズィは窓越しに、霜が下りて真っ白になった屋根からまばらに伸びるアンテナを眺めつつ、夏こそ恋に最適な時期なのと同様、冬こそ死に最適な時期なのよと考えていた。外相は外交関係断絶について知らせようと、電話のダイヤルに手を伸ばした[訳註;旧版では「首相府の番号を回した」と続く]。何か起きているぞ、と同じ頃ベスニクに、キューバ大使館での記者会見から編集部に戻ってきた同僚の一人[訳註;旧版では「イリル」]が話していた。社会主義国のどの大使館にも動きがあった。ハヴァ・フォルトゥズィは、自分の耳元でエクレムが小声で囁くのに聞き耳を立てた:何か起きているぞ。ああ気の毒なヌリハン、待って、待ち続けて、ようやく本当に何かが起きたその時になって死ななきゃならなかったらしいとは。11時にソヴィエト大使の車が外務省へ飛んでいくのをこの目で見たんだ、とベスニクは言った。同僚は目を見開いた:まさか関係断絶なのか、外・・・ハヴァ・フォルトゥズィは夫の脇を肘でつついた:あなたバカなこと言わないでよ、彼女はそう囁いた。もうその話はやめて、特に今は。今はみんなひどく気が立ってるし、ろくなことにならない[訳註;逐語訳は「無駄に首を絞められる」]かも知れないでしょ。
 11時35分。ティラナの産院の一室では、二時間前の帝王切開で出産したディアナ・ベルメマが深い呻き声の中、麻酔から目覚めようとしていた。彼女は、ねばつく混沌の底から自分が乳白色の光に満ちた表層へ浮かび上がろうともがきつつ、そこはまさに自分が一つの[訳註;旧版では「他に比べようもない」]奇跡を産み出したばかりの惑星の表層に違いないような気がしていた。あと少しだけ、ほんの少しだけと、自分を再び深いところへ引きずり込もうと押し寄せる濁流を周囲に感じながら、彼女は思った。闇が自分に復讐しようとするのも当然な気がした、自分はたった今この世界に大いなる光明をもたらしたのだから。あと少しだけ、と彼女は繰り返しながら、肩まで迫ってくる死の濁流から顔を背けた。
 医師が彼女の頬を撫でていた。

[訳註;旧版ではこの後に「最終一つ前の章 全パートのためのドローン」と題する独立した章があり、ベスニクが新聞社で読者からの手紙を読みつつ思いをめぐらせる様子が描写されているが、決定版では全て削除されている]

4
 昼の12時から2時まで、ラジオ・ティラナは通常の番組の代わりに重々しい曲を流していた。アナウンサーが二、三度、ラジオを聴いている人々に向けて、間もなくラジオで政府の極めて重要な発表が行われると伝えた。アルバニアとソ連との外交関係断絶のニュースが伝えられたのは2時だった。それをアナウンサーはゆっくりと、かすれそうなほどの低い声で読み上げた。
 家に向かう途中[訳註;旧版では「イリルと別れ、まるで麻酔をかけられたようにバラッドの余韻を残しながら」]、またしても、カフェの入口のところで集まってラジオを聴いている人々を目にして、ベスニクは関係断絶が伝えられているのだなと気付いた。
 伝えられたのはそれだけで、それ以上は何もなく、ただインターナショナルが流されただけだった。ベスニクは、もう誰も時計など見ていないなと思った。人々の腕にはまった、その冷え切って丸みをおびた魚の頭のような時計は死んでいた。時間か、と彼は思った。O-h-a[訳註;アルバニア語で「時間」はkoha]。耳元の風のうなりは耐えがたいものだった。ベスニクは酩酊感を覚えた。一時間前にラジオ・ティラナが伝えていた政府発表[訳註;旧版では「首相談話」]を聴こうと、彼は小さな店に入った。[訳註;旧版ではこの後に、店内で首相談話を聴く客たち、そして帰宅したベスニクと家族の会話が続く]

 リナス空港へ続く道路は混んでいた。外交関係断絶から三時間も経たないのに、みな出国しようとしていた。濡れた滑走路にはモスクワ便の他、ベルリンやブダペシュト行きが待機していた。
 税関検査場では、職員、石油探査技師、地質学者、スラヴ学者、イコン修復師、軍人、ビザンツ学者、外交官、ありとあらゆる業種の言語が入り混じり飛び交っていた。一部は苛立ち、汗を飛ばし、トランクや鞄を開けられることに腹を立て、空港長と、外務省と、大使館と、直接モスクワと話をさせろと要求した[訳註;旧版に「直接モスクワと」はない]。税関職員がその一人一人に、金製品やアルバニアの通貨、武器、地図、映画フィルムや芸術品を持っていないかと訊ねていた。[訳註;旧版では「疑わしい人々には直ちに検査が行われた」と続く]
 ソヴィエト大使館の門前には、ロシア語とアルバニア語の二言語で書かれた通知が貼られていた。『本日より、アルバニア人民共和国領内に在留するソヴィエト市民に関する問題は、全てチェコスロヴァキア社会主義共和国大使館で取り扱います』建物の地下室では、持ち帰りきれない書類が燃やされていた。一方、暗号解読機が最後の無線電報を解読している傍では、テラスで三人の男がラジオ受信機のアンテナを慌ただしく分解していた。雨に濡れないよう、外套を頭からかぶり、鉄板と針金の中で彼らは時折動きを見せていたが、遠くから見えるそれは全く不可解な、不安の予兆であるかのようだった、まるで今や信じがたい速度で無限の彼方へと消え去りつつある、一つの世界から発せられるような。

 何て長い一日だ、とマルクは思いながら、コンサートホールの入口の前の壁にチェロを立てかけた。これが別の日なら恐らく彼も、母親が死んで葬式だという日にリハーサルに、それが今夜のようにゲネプロであったとしても、出ようなどとはしなかったのだろうが、しかし近頃は、特に金曜日と土曜日には、これまでになく万事にイライラし、いたたまれない気分になるのだった。そんな日に注目を集めるなんて、たとえそれがコンサートのリハーサルを欠席するという単純なことであっても、無理な話だった。彼には欠席するだけの強固な理由があった:自分の母親が死んだという理由が[訳註;この一文は何故か仏訳に無い。訳し漏れか?]。それなのにマルクは来た。それだけではない、彼は一番乗りで来た、いつも通りに。いつも通りにだ。マルクは己を惨めに思い、下唇を噛んだ。そんな思いを振り払おうと、彼は路上を見つめた。何もかもが狂気じみた頻度で動いている。道路はまるで一本の生きた神経のようだ。そして母は今は地面の下に、硬直の王国にいる、と彼は思った。この冬は寒かった、ずっと寒かった。ヌリハンも気の毒に、何て寒い日を選んで死んでしまったのか、墓地の職員が霜まじりの土を棺の上にかけている時、誰かが誰かにそう囁いていた。マルクはそこから少し離れた場所にいた。何て寒い日を選んで死んでしまったのか・・・その言葉にはありとあらゆる意味が込められていたのだろう。今日は、ソヴィエトとの外交関係が断絶した日だ。この日をヌリハンは冬じゅうずっと待ち望んでいた。彼女はこの混沌じみた動きを見たいと待ち望んでいたし、彼女は恐らく老人用の杖を取り、路上へ飛び出し、その混沌の中へと向かっただろう。だがそれは叶わなかった。彼女は今、神々の不動の中で硬直し、一方、路上では何もかもがうち震え、沸き返っていた。不意にマルクは、通行人の中にザナを見つけた。彼女は向かいの書店から出て来たところで、しばらくの間、歩道沿いに何かを探しているらしかった。まるで世界全体が、彼女の注視する傍らをすり抜けているようだった。マルクはそれをしばらく目で追っていた。やがて彼女は、どうやら、探しているものを見つけたらしかった。それは父親の車で、少し離れたところで彼女を待っていた。運転手が前方のドアを開けた。マルクは、何故だかわからぬまま溜め息をついた。車はゆっくりと動き出した。マルクは、誰かが慌ただしく次々と[訳註;旧版では「店のショウウインドウに」]貼っていく白いポスター数枚と、その前に立ち止まりひしめき合う人々に目をとめた。傍らでトラックに警笛を鳴らされたマルクが見ると、運転手は頭を外にのぞかせていた。マルクは身を震わせた。見覚えのあるその頭は、吹き荒れる巻き毛とそばかすの如く、狂ったような強風でもみくちゃにされていた。マルクには、この喧騒の中で唯一揺るがない存在である、その運転手の視線が彼のチェロへと向けられたような気がしたが、彼の身体ではそれを隠しきれなかった。おっと、と口走ったマルクには、TR 17-55のナンバープレートが一瞬、群衆の上に立てられた墓碑の番号のように思えて、そこから目を離すことが出来なかった[訳註;このナンバーの食肉運搬車を運転する赤い縮れ髪の男は第3部にも登場し、仕事のかたわらティラナでの流血の暴動を夢想している]。彼の頭をよぎったのは、母の墓の碑板のことだった。春になれば、今は霜に覆われた大地にもきっと、母が好きでよく話にも出ていた黄色いカミツレが育つことだろう。何て長い一日だ、マルクはそう繰り返した。まるで九か月の妊婦のように、重さを抱えた一日だ。さっきからずっとあんなに大勢集まっている、あのポスターは何だろう?断絶。断絶。断絶。至るところでその痛みを感じた。それにしても、今日は不思議な日だ。葬式の前に自宅で来客の誰かが言っていたが、朝早く、警察の車に乗せられた男が『フルシチョフを倒せ』と叫ぶのを見たらしい。みんなが振り返ったと。ここ何日かは、あんたは口を出さない方がいい、とハヴァ・プレザは言っていた[訳註;本作では一度だけ、それも名前のみ登場のこの人物は、本作の続編とも言うべき『コンサート』で再登場する]。こっちだって口なんか出さないさ、マルクは思った。もう何年も、自分が出す口なんかないんだ。彼はポスターが貼られている方を向き、しばらく眺めていた。彼は迷っていた:自分も見に行くべきか、それともここにいるべきか。出す口なんかない、そう彼は思った。でも畜生め、目はついてるんだ、と。それでも彼は、その場を動かなかった。

「ティラナの全住民へ:防空警報が鳴った場合は、市内全域に灯火管制が実施されます。市民はただちに防空壕に、また防空壕が無い場合は建物の地下室に避難すること・・・」
 ベスニクは編集部に戻ってきたところだったが、人ごみに阻まれてポスターを読むことができなかった。彼の目に止まったのは貼り紙の最後の方で、そこには大文字でこう印刷されていた:国防評議会。
 何処からこんな会議が出て来たんだ?とベスニクは思った。もうずっとその話題を耳にしたことがなかった、もうずっとあんな防空警報の通知がなかったのと同じように。ごく稀に、そういうことがあった時でさえ、壁にポスターが貼られることまではなかった。
 ベスニクは二度、三度、待ちきれずポスターに近づこうとする通行人に肩を押されるのを感じた。薄暗くなっていたので、文字を読むにはもっと前に近づく必要があった。ベスニクは少しだけ脇に寄って、丈の長いコートを着た、軍人とおぼしきしかめ面の男に場所を空けてやった。
 国中で人々が今、ポスターの前に集まっているのだな、とベスニクは思った。誰かが大きなチェロを肩からかけ、用心深い足取りで近付いてくるのが目に入った。ザナのご近所の、とベスニクは思った。ついさっき、ザナが父親の車に乗っているのを見た。ブロンズで型取りしたような重みのある髪に、まじろぎもしない大きな眼。俺も前にあの眼に映っていた、とのろのろと思い、そしてベスニクは、彼女を見ていないように振る舞った。
 チェロを担いだ男はポスターに近付いた。今頃あの連中は喜んでいるだろう、とベスニクは物憂げに思ったが、その時ふと思い出したのは、11時頃に見かけた葬列の、彼の姿だった。何て長い日だろう、ベスニクは思った。何て土曜日だろう。何処か遠く、国立公文書館の古い灰色の建物の前からだろうが、デモ行進の始まり、或いはその終わりの真っ黒な人だかりがゆっくりと、まるで薄暗い溶岩のように、中心部へ向かって動いていた。その時、軍人と思しきコートの男がポスターに背を向け、こうつぶやいた:「そら見ろ作家どもがやらかしてくれたぞ」照明不足の中、苦労しながらポスターを読んでいたうちの二、三人が、驚いて振り返ったが、その見知らぬ男は既に人混みの中へと去っていくところだった。

 ラジオ・モスクワが外交関係断絶のニュースを流したのは、ヨーロッパ時間で午後遅く、自国の時間では夕方だった。ニュースも、ソヴィエト政府の声明も、ひどくゆっくりと、そして重々しい声で、非常事態のような稀な時にしか登場しないメインアナウンサーによって読み上げられた。そのアナウンサーは宣戦布告も、スターリングラートの勝利も、コミンフォルムのティトー除名も、スターリンの死も、ベリアの裏切りも、1956年のソヴィエト軍によるハンガリー侵攻も伝えていた。編集部では、記者たちが集まってラジオに聴き入っていた。そこにベスニクもやって来た。
「栄光あるソ連邦は、この半世紀を通じ国際反動勢力の波状攻撃には慣れている。アルバニアは、我々に数限りない圧力と恫喝を行った挙げ句、遂には不誠実にも背後から攻撃を加え・・・」
 ベスニクは、ソヴィエトの大地を覆う何百万というロシア人の感極まった瞳を思い浮かべた。アナウンサーの声は、別の電波の干渉により、終わることのない旋風と、深淵の断末魔の呻きと、凍りついた大陸の平原が発する弱々しい苦悶の叫びの中で、強まったり弱まったりしながら、途切れ途切れに、上下を繰り返している。まるでユーラシアが大きな呻き声をあげているようだった。

 夕暮れ時、外務省外交課の三台ある電話の一つが鳴った。普段の土曜午後なら、この課にいるのは一人だけだが、この日はいつもと違う土曜日で、全職員が持ち場についており、おまけに課長までいた。
「もしもし」と言いながら課長は受話器を左耳にあてた。「はい、もしもし」
 彼はしばらくの間ぼんやりとした表情で話を聞き、そして呆気にとられたように黒い受話器の穴の空いた先端部をじっと見つめると、再びそれを耳元に近付けた。その穴を通して、間延びしたフランス語を喋る男の声が聞こえてきた。それはアフリカの或る国の大使館の参事官で、彼はティラナに着任したばかりだった。自国の大使館の建物探しに課長の手を煩わせて申し訳ないと参事官は何度も言っていて、しかし全体的な住居難のせいでなかなか解決していないことは課長もよく知っていたのだが、今になってこの参事官は、最近の出来事に乗じ、まさに今日この日に生じたチャンスのことを彼に気付かせようとしていたのだ・・・ひと呼吸おいて参事官は繰り返した、申し訳ない、よりによってこんな日に・・・よりによってこんな日に・・・彼は、他人の不幸で利を得ようとする越権行為の危険を冒しながら、自国への売却の申し入れを、この外交課長氏に持ちかけてきたのだ、およそ50万ドルで、空いたばかりの建物の売却を、そこが空いたのはまさに今日だ、まさに今日・・・それがソヴィエト大使館の建物のことだというのは言うまでもありません、と彼は乾いた声で唐突に締め括った。
 外交課長はしばらくの間、唇の近くに受話器をやったままだった。それから、何か言わなければと思い、歯の間から声を絞り出した。
「お申し入れの件は考慮しておきます、参事官殿」

[訳註;旧版ではここに、職場から出てデモ行進を見ていたベスニクが、「フリードリヒ・エンゲルス」工場を取材した時顔見知りになった労働者の一人と再会するくだりがある]

 ミラはコンサートホールの入口の前で、学校の演劇グループの仲間と待ち合わせをしていた。みんなで集めたお金を持って、骨董品屋へ明後日の発表会の衣装を買いに行くことになっていた:まずはミラ自身のために修道女のヴェールと、あと[訳註;旧版ではここに「照明器具か、または」]悪徳司祭役の男子の持ち物を何か。[訳註;旧版ではイリスとマクス・ベルメマが同行していて、買い物が済んだらコンサートホールでリハーサルを見学することになっていた]
 周りの人に招待状は出してある。チェロ奏者が一人、入口を出たり入ったりしていて、ミラは彼も招待するつもりでいたが、敢えてそうしなかった。彼はベスニクの元婚約者の家の下に住んでいたが、彼については余りよく知らなかった、名前さえも知らなかった。
「たぶんゲネプロは中止になるわよ」ポスターの方を見ていた女子の一人が言った。
「外交関係の断絶ってどういうこと?」別の女子が訊ねた。仲間は肩をすくめた。
「大使館が閉まって」ミラが言った。「あとは何かしら?」
「男子たち来たわよ」女子の一人が言った。
 長身のと痩せたのが、人混みの中を大股で歩いてくる[訳註;旧版では男子は3人で、このうち1人の名はマルティンとなっている]。その手にしているものは何かしら周りの興味を引くらしく、誰もが振り返っていた。
「うわあ」男子が近付くと、女子たちの口から声が漏れた。彼らの手にはガスマスクが握られていて、女子たちの目の前で、まるで自分たちの遅刻の言い訳でもあるかのようにそれを振り回した。
 ガスマスクのガラス製の目の部分は下向きになったまま、軽蔑混じりに垂れ下がっていた。
[訳註;上の段落は旧版では更に長く、男子たちが有事の際の対空動員について語ったり、マクスが背の高い女子を指して『資本主義と修正主義の全般的危機』と呼んだりしており、次の段落で女子たちが「吹き出した」要因になっている]
 女子たちは思わずぷっと吹き出した。ホールの入口で招待状の提示を求める人々の流れは続いていた。ミラたちは連れ立って骨董屋へ向かった。道行く人々がマスクに目をとめ振り返った。

[訳註;旧版ではここに、朝刊向けに深夜番の労働者に取材する件で、ベスニクが編集長と打ち合わせるくだりがある]
 路上は冷え切っていた。ベスニクはコートを着込み、足取りを速めた。アルバニアの恫喝、と彼はラジオ・モスクワのアナウンサーの言葉を繰り返した。何だ馬鹿々々しい!
 バリケード通りでも、連盟広場でも、至るところの壁やショウウインドウを、国防評議会のポスターが真っ白に埋め尽くしていた。誰がこんな段階まで想像していただろう、とベスニクは思った。不信の拡大は破滅的な速度で進んでいた。最初、人々はこう訊ねていた:寒くなるだろうか?と。ところが、冷気が地表を覆う段になると、今度はこう訊ねてきたのだ;封鎖があるだろうか?と。それから、全面的な封鎖の中で外交関係断絶への疑念が姿を現し、そして今では初めて、何百もの壁によりかかったまま、攻撃への疑念が高まっている。一連のそれは、一匹の野獣が生まれて急速に成長し、万人の眼前にその爪を伸ばし牙をむき毒を吐く様にも似ていた。

 入口から見える通行人の行き来を[訳註;旧版では「ショウウインドウ越しに通行人の影を」と微妙に異なる]目で追いながら、ロク・スィモニャクは考えていた、今日ほど自分の店がこの通りにそぐわなかった日はないな、と。ムサベリウと、あとは慌ただしくやってきたソヴィエトの客が一人、ウクライナ製の刺繍入りシャツを売りに来たことを除けば、店には誰も入ってこなかった。今日一日のうちで幾度も、ロク・スィモニャクは自分自身の中に鳴り響く警報を聞いた:こういう日はもう店仕舞いした方がいいのではないか?
 ムサベリウがヌリハンの葬式の話をしている間も、ロク・スィモニャクはウクライナ製のシャツの刺繍を思い出し、結局あれを買い取らなかったことが良かったのか悪かったのか、判断をつけかねていた。1944年にはしくじらなかった彼の嗅覚も、今回はまるであてにならなかった。
 葬式はまるで聾者たちの葬儀のように音もなく行われた、ムサベリウはパイプを吸いながら話し続けた。それについてはみんなが正しかった:声に出して言葉を連ねたって政治演説[訳註;旧版では「集会演説」]のようになっていただろう。
 店の主人はうなづいた。と急に、その視線が入口の方に向けられた。そこには、立ち止まり好奇心満々で覗き込んでくる数人の集団があった。ムサベリウも話すのをやめた。ガラス製の扉を押して、店内に二人の女子が入ってきた。
「ここって骨董屋さんですか?」一人が訊ねた。
 ロク・スィモニャクはそうだとうなづいた。二人とも行儀が良さそうに見えたが、彼は外にいる他の者たちから目を離さなかった。
「すみません、修道僧のヴェールかフードがないでしょうか」女子の一人が、少しだけ顔を赤らめながら訊ねた。もう一人は店内のショウケースを眺めていたが、その中の指輪がきらめきを放つにつれ、沈黙の波が広がっていくように思われた。
「修道女のヴェールですか?」
「ええ」二人目の女子が答えた。
 互いに顔を見合わせてこそいなかったが、ロク・スィモニャクとムサベリウは互いを見ている気がした。老いぼれどものことで喜ぶんじゃないよ、いつだったかヌリハン婆さんはそう言っていた。もしもロク・スィモニャクの店で若い連中でも見かけたら、その時は、そうだね、あたしを呼びに来ておくれ、と。
 ロクは店の奥に引っ込んだ。ムサベリウは女子たちをじっと見ていた。
「ん?」外にいたうちの一人が顔をのぞかせた。「あった?」
 ロクがヴェールを持ってくると、路上で待っていた数人が店内に入ってきた。男子たちの手にはガスマスクが握られていた。彼らは二、三度「着けてごらんよ」と言って女子たちをからかっていたが、女子たちがお金を出そうとしている間も、彼らの騒がしい笑い声が店内を満たしていた。
「で、司祭のフードは[訳註;旧版では「照明器具と司祭のフードは」]ないんですか?」男子の一人が訊ねた。「僕、司祭役なんですよ」
「ありません」ロク・スィモニャクはそっけなく言った。
 騒がしく、手にしたガスマクスをまるで切断された頭部のようにぶらぶらさせながら、彼らは路上へ出て行った。
 何たるひどい芝居だ、とロク・スィモニャクは思った。何たる絶望だ。彼は友人の方を向いた。ムサベリウの顔は青ざめているように見えた。

 お前はこの世界にチェロを弾くのだ、マルクはそう思いながら、大きなチェロを手に舞台へと進んだ。自分にとって異質なまま、謎めいて、時代の風の中で燃えさかるきらめきの海と不安の中、この共産主義体制の世界は眼前に果てしない半円を描いて広がり、無名の群衆は見通しきれないほど遠く、それこそ客席の最後列にまで続き、そして自分はその片隅で、この世界との運命づけられた接線の上で、チェロを弾くのだ、やがて疲れ果て、息もたえだえに倒れ伏すその時まで。

 ベスニクは連盟広場を急ぎ足で横切った。[訳註;旧版ではここに、ベスニクがタクシー乗り場へ向かっていること、取材内容を考えようにもまとまらず、コーヒーを飲み過ぎて感覚が過敏になっている、といった描写が続く]
 通りでは誰もが急いでいた。既にモスクワ便も、ベルリン便も、ブダペシュト便も出発しているはずだ、とベスニクは思った。タクシー乗り場は近かった。不意に、彼のすぐ近く、数歩離れたところを、黒衣をまとった老婦人が二人ゆっくりと進むのが目に入った。その後ろから、同じ足取りでもう三人ついてくる。クルツュラの老婆たちだ、彼は心中でそう叫び、静かな恐怖に身震いした。彼は足取りをゆるめた。彼女らはゆっくりとした足取りのまま、彼の傍らを、硬直したような[訳註;旧版では「神話じみた」]姿勢で進んでいた、まるでいにしえの叫び声で地表に出てきたかのように。ベスニクは口の中が苦くなるのを感じた。野蛮人どもめ、彼は思った。俺たちに襲いかかり、俺たちを野蛮に貶めようとする。そしてまさにその時、こう思った:あんなにコーヒー飲むんじゃなかった。ベスニクは殆ど駆け足で、光る文字で「タクシー」と書かれた表示板へ向かったが、その時、彼の右側の方、町の外れの辺り、彼の頭上を越え、ずっと向こうの、恐らく郊外の方から、湧き起こる喚声が聞こえてきた。初めは地面に頭を垂れたままの獣から発せられるようにくぐもった音だったのが、やがてより大きく、鮮明に、あたかもその獣が頭を上げたように、天空に向かって頭を上げたようになり、そのサイレンの咆哮は圧倒的な力で町の頭上に鳴り渡った。ベスニクは足を止めた。周りを見回し、背筋を伸ばして、「タクシー」の文字が光る表示板の方へ歩いて行ったが、まさにその時、表示板の明かりが、路上のあらゆる照明もろとも消えた。何人かの「警報だ!」と叫ぶ声がした。突然の闇に包まれた道路は麻痺してしまったかに思われたが、やがて我に返ると、話し声や、走る足音や、闇の中から響くかすかな物音が聞こえてきた。レストランやカフェの明かりが一軒、また一軒と消えていく。ベスニクが咄嗟の動きで後ろを振り返ると、まさにその時、町の大時計が深淵の中に倒れたかのように姿を消した。信じられないほどの速さで、町じゅうのあちらこちらが明かりをうち捨て、僅かな間に原初の闇へと帰っていく。中心部は完全な暗闇の中に沈んでいた。何処かのアパートの窓が一箇所、不安げにまたたいていた。「明かりを消せ!」と叫ぶ声がした。通りで誰かが、厳しい口調で叫んでいた。「市民の皆さん、道路を空けてください![訳註;旧版では更に「近くの防空壕に退避してください」と続く]」往来する足音はいよいよかすかなものになった。ベスニクは完全に方向を見失ってしまった。全体に色あせた赤色灯の車が一台(たぶん警察だ)近くを通った。弱々しい紫色の中、ベスニクがそこかしこで目にしたのは、まるで肉と骨とから成る永遠の隆起にも似た、人々の顔だった。車の赤い光がその中の二、三人に当たると、血のように真っ赤に燃え上がったその顔は、そこに生命があることの唯一の証のようだった。どの人間の額にも傷を負った跡があった。自分も額に傷跡を映されている、ベスニクはそう思った。
 警察の車からは、厳しく告げる声が続いていた:「道路を空けてください!警報です!」その時、車のライトが一つの彫像を照らした。淡い光の下、ベスニクにはその彫像の、絶えがたい痛みに歪められたようなその顔が、ブロンズの汗で濡れているように見えた。
 サイレンは鳴り続けていた。何処か中心部の辺りに、かすかにちらつく最後の光があったが、それも消えた。今や全てが闇に包まれた。まるで大地が世界から引き離され、そして突如として真っ黒く、大陸の如き、巨大な天球が出現したかのようだった。一面が天球と化していた。そしてその天球の只中、パンテオンの[訳註;神殿からのように]冷たく、天高く[訳註;からのように]、慟哭、気だるさ、苦悶、失望、最後の別離の叫び[訳註;のように]サイレンが居座っていた。
 叫べ、叫べ、ベスニクは思った。その刹那、自分がその天球の軸の下、一人ぼっちでいるような気がした。だがそれもほんの僅かな間しか続かなかった。ベスニクは、傍でタバコに火がつくのを見て、自分が路上で警報に見舞われた他の通行人らと共に防空壕の中にいることに気付いた。
 私あなたの電話を待ってたのよ、ベスニクの傍で女性の低い声が聞こえた。午後ずっと待ってたのよ。そんなの無理だよ、と誰かが答えていた。君だってわかるだろ、こんな日に。
 ベスニクは振り返ったが、暗闇の中ではタバコに灯る火の、穏やかな光しか見えなかった、とその時、彼自身の中に突然はっきりと、レンズで集束されたように光り輝くものがあった、それまでずっと触れることのできなかったそれは、自分でも気づかぬまま、書物のページから、石ころから、名前[訳註;旧版では「事実」]から、風景から、人の表情から、地図から、目に見えない光線のように、生まれてからずっと吸収してきたものだった。それは、歴史そのものだった。その身体はまだ温かく、防腐処理されておらず、すぐそこにある、殻を脱ぎ捨てた生身の肉体であり、あらゆる通りに、広場に、その生地[訳註;原語brumëには「精神形成の下地、道徳的素地」といった比喩的意味がある]が溢れ出していた。そこにある。手を伸ばせば触れられるほどに。
 自分は真実の[訳註;独訳では「歴史的な」]瞬間を生きている、彼はそう思った。間もなくサイレンは止み、溶岩は固まってしまうだろう、だがこの瞬間の火花を、彼は決して忘れないだろう。
 ベスニクはうっすらと目を閉じた。この冬は過ぎ去った、彼はそう思った。サイレンの叫びは、不穏な大地を流れるように高低を繰り返していた。この冬は過ぎ去った、彼は声に出さんばかりに繰り返した。ここ数か月間のありとあらゆる疲労が、圧迫感が、急に途方もない重みで彼の両肩にのしかかってきた。俺は君が電話してくれるのを待っていたんだ、と彼は、まるでうわごとのように、暗闇の中の見知らぬ者たちに向けてでもあるように繰り返した。俺は午後ずっと待っていた。そして彼の全身が静かに叫んだ:ザナ。彼はザナを失った。この冬の重々しい日々の中で彼は、生命が凍りつきつつあると思っていた。それは彼にとって試練だった。彼は思っていた、死がその牙をむき出した瞬間、生命は暫時中断されるしかないのだと。だがそうではなかった。歴史は、まだ温かく、彼の足元で蠢きながら、逆のことを教えてくれる。こんな時こそ私に学ぶがいい、そう歴史が語っているような気がした。今や私はこれまでにないほど私そのものだ。人民は攻撃を耐え忍んでいる。痛みに顔を歪め、集まって一つの塊のようになり、途方もない苦しみのためにそこここで苦痛を抱え[訳註;逐語訳は「胆汁を垂れ流し」]惨めさを味わいながら、それでもその生命を保っている。[訳註;旧版ではここに「混沌の中でも潔白で、醜く歪められることもない。試練は過ぎ去った。」とある]敗北をあちこちで喫し、深い穴もその広い胸元に広がっているが、敗北によって更に大きくなるのもまた人民だ。自分もそうだ、敗北から得たものがある、ベスニクはそう思った。自分自身の中にあるのは奇妙な平静、透明さと感傷とがない交ぜになったものだった。それは全て、結局のところ、ごく単純なことだった:共産主義の尽きることなき軍勢の中で、自分は一介の、殆ど無名の一兵卒に過ぎず、この二十世紀中期という時代が自分にその重荷を背負わせようとしているのだ、と。サイレンの叫びは天にも届くかに思われた。君を午後ずっと待っていたんだ、とベスニクは思った。何世紀も待っていたんだ。
[訳註;1973年刊の初版は、ここで完結している]

 三月の初め、冬のみぞれを猛々しく追い抜いた激しい風の後、何千という人々は何をさし措いても、その風のせいで捻じ曲がり、或いは倒れてしまったテレビのアンテナを修理しようと、屋根に上っていた。去年の九月以来、これほどの強風が吹いた記憶はなかった。寒風から身を守るためにコートをまとい、人々はアンテナの剥き出しになった鉄製の部分をじっと見つめていた、まるでそこに大きな疲労の痕跡を探そうとでもするかのように。
 自分たちの人生を通して、この冬ほどたくさんニュースを聞いた季節はなかった。来る日も来る日も、来る夜も来る夜も、何故だかよくわからないまま、人々は思い浮かべていた、みぞれや粉雪や風の咆哮の中でそれら全てのニュースを伝え終えたアンテナの鉄製の部分はもうとっくの昔に壊れて、折れ曲がってしまっているのではないか、と。
 しかしアンテナは、いや屋根そのものさえも、周囲の全てと同様、ずっと元のままに見えた。そのせいだろうか、下へと降りる用意をしながら、人々はうなづいていた、まるでこう言っているかのように;何にせよ、冬は今まで通り。
1971年 ティラナ

 
 
簡潔な訳者後記(☞)

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